「うわあああ!」
 そう叫びながら、僕はベッドから跳ね起きた。周りを見渡す。いつも通り、いつも通りの光景が広がっている。
 落ち着け、落ち着くんだ。周りを見ろ。いつもの屋敷じゃないか。何もいない。何も起こっていないんだ。そう言って、自分を落ち着かせようとしていた。
 心が落ち着いてくると、やっと冷静に考える事が出来た。何で、どうして。どうしてだ。どうしてあの「夢」を見るんだ。
 いつもはホラー映画とかで怖がるような僕じゃない。「下らねー」とか言いながらダチと笑いながら話すタイプだ。でも、この「夢」は違う。違うんだ。体が底から、凍りつくような。そんな夢なんだ。
 その時だった。ドアが開いた。いや、暗くて分からなかったが、音で分かった。ドアが開いたんだ。
 誰かが、誰かが僕に近づいてくる。真っ黒い中に、見える人の眼。手には、何かを持っている。
 心臓の鼓動が耳に入った。誰かのイタズラ、違う。そいつの「眼」には、殺意があった。そんなもの、感じるのは初めてだった。体が小刻みに震え、動こうとしても、動けなかった。
 あれ…… 何処かで、そいつを見た事があるような気がした。そして、それはすぐに思い浮かべれた。あれだ、「夢」の中に出てきた悪――

名探偵ドドーラ
      夢の中の悪魔 第零章


 ドラえもん一行は、山の中を歩いていた。ハイキング。そう、ハイキングである。のび太はぜいぜい言いながら、一行の一番後ろを歩いていた。
「ちょっと……待ってよぉ」
 のび太はそう前のドラえもん達に呼びかけた。しかし、ジャイアンやスネ夫に「お前が遅いのが悪いんだろ!」と罵声を飛ばされるだけであった。その度、静香とドラえもんはスピードを緩めたが、それでものび太は追いつけなかった。
 何となく、のび太は空を見た。あまりにも疲れが溜まり、平坦な道以外のもの見たくなったのであろう。
 空は、白く濁っているように見えた。山を登る時は晴れだったのに、くもりになってきたのである。
 だが、のび太はそんな事を気にする暇もなく、「少し雨が降りそうだな」ぐらいにしか思っていなかった。これから巻き起こる「ある事」を全く知らずに――
「じゃあ、ここら辺で休憩しようか」
 のび太にとって、待ちに待ちかねた声が聞こえてきた。のび太はさっきまでよりもスピードを上げて、休憩の位置へとやって来た。
「なぁ、今、何処らへんにいるんだ?」
 ジャイアンが、ドラえもんに向かって聞いた。ドラえもんは地図を取り出して、どこら辺にいるのかを指差した。
 その時、ポツリポツリと雨が降り出してきた。地図に雨が染み込み、あっという間に大雨になっていく。
 そう、これが全ての始まりであった――



 夢。睡眠中に起こる体感現象の一種。あなたも、何百回も見ている筈だ。明るい夢、暗い夢、幾つもの夢を見てきただろう。
 夢は見た者の将来に対する希望・願望を映し出したりもしている。まぁ、当然だろう。「こうなったらいいな」という希望の夢を幾度も見てきただろう。
 だが、「これから起こりうる将来の危機を知らせる信号」という事もある。「飛行機が墜落する」という夢を見て、これから乗る飛行機の予定をキャンセルしたら、本当にその飛行機が墜落してしまっていたという話もある。俗に言う「正夢」というものだ。
 それでは、この場合はどうであろうか。この、殺人事件の場合――

名探偵ドドーラ
        夢の中の悪魔 第一章「悪魔の微笑み」 第一話


「ふう……」
 ドラえもんが安心したかのように、そう言った。のび太達は雨で濡れた体をタオルで拭いている。静香はシャワーを浴びている。
 ここは、ドラえもんの道具『キャンピングカプセル』の中。ちゃんとした生活設備も揃っているし、中の居心地はかなり良い秘密道具だ。
「この雨、何時になったら止むのかなぁ」
 のび太が外を見ながら呟いた。外にはさっきよりも威力が上がっているように見えた。空の雲は、悪魔が微笑んだかのように歪んでいる。
 それが何を暗示しているのかは分からなかっただろうが、のび太はそれを見てゾっとし、さらに顔色を悪くした。
 のび太は「雨が降っているから、こういう空もあるだろう」という気持ちさえも思えなかったのだろう。本当に、何かが起きそうでその光景を見て微笑んでいる悪魔。その姿が、不気味に思えたのだ。
「ドラえもんの道具で何とか出来ない?」
 スネ夫は外の景色を眺めながら、ドラえもんに問いかけた。
「駄目。壊れた」
 ドラえもんがスネ夫に向けて、少し汗をかきながら言った。落ち着いているように見えるが、彼の中では不安とストレスが入り混じっているだろう。目から、そういうものが感じられた。
「何で、ドラえもんの道具は肝心な時に使えないんだよ」
 ジャイアンが拳を握りながら言った。もう少し経ったら殴りかかってきそうであった。
「たくっ、ドラえもんは」
 のび太も怒り口調で言い放った。彼の中にさっきまであった、あの恐怖はもう消え去ったみたいに見えた。――彼の心の中にはまだ引っかかっているだろうが。
「しょうがないだろ! さっきの雨で四次元ポケットの中が濡れちゃったんだから!」
 ドラえもんはそう言いながら、一つの道具を取り出して、見せた。確かに、その道具は水に濡れていて、しかもわけの分からない黒煙が出ていた。
 それを見ると、のび太達もやっと黙った。その時、丁度静香がシャワー室から出てきた。
「ねぇ、ドラちゃん。帰りましょうよ。この雨だったらハイキングも何も無いわ」
「そうだ、『どこでもドア』があるじゃないか!」
 スネ夫が静香の言葉を聞き、少し安心したように言った。
「駄目。『どこでもドア』は点検の日が来ていたから修理工場に出してて無い」
 のび太はその時、他に道具を思い浮かべようとしたが思い浮かばなかった。今までに使った道具が多すぎてそういう道具を急に思い出せなかったのだ。
「ハイキングに行くと分かっていたんだから、置いていくなよ!」
 ジャイアンの怒鳴るような声。今度はもうすでに、ドラえもんに殴りかかれる姿勢が出来ていた。
「ごめん……」
 ドラえもんの声が少ししおれてきた。
「そこまでドラちゃんを責めたら可哀想よ」
 静香の声で一旦、喧嘩は収まったが、『キャンピングカプセル』の中は重苦しい空気が流れていた。次に誰かが喋り始めるまでどれ位の時間が必要か、分からない程であった。
 それぞれが思っている事は全て違うが、それも深く考えている時間など、その間には存在しなかった。
 その後、『キャンピングカプセル』の中が、「揺れた」のだ。
「なっ何だ!?」
 地面そのものが、揺れているのでは無い。地震では無いのだ。それだけは彼らにも分かった。
 そして、轟音が聞こえたのと同時に、『キャンピングカプセル』が倒れていった。ゆっくりと。だが、確実に。
 言葉すらも聞こえなかった。恐怖の悲鳴も、お互いの無事を確認する声も、何もかも飲み込んでいた。そして、『キャンピングカプセル』中に大きな振動が襲った。
 ガラスが割れ、泥が視界に入っていく。轟音は、未だに続いていた。まだ、「何かが起こる」と警告しているように、のび太には聞こえた。
 その時、ドラえもんの目から見えたのはのび太も見たあの歪んだ悪魔の微笑みであった――


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