ALIVE‐アライブ‐


 人間はいつも死んでいる。日にちを繰り返すごとに死んでいる。それを生きるということは、なんとおかしな話なのだろう。



 草木も眠るうしみつ時。とある深夜のバーに、一人の中年の男が酒を飲んでいる。
その男は、先生栄一郎(せんじょう・えいいちろう)と言った。
ちょうど一年前まで、先生はある小学校の教師だった。
しかし、彼が受け持っていたクラスで、ある事件が起きてしまった。
その為、彼は懲戒免職を受けてしまったのだった。
先生は一枚の紙を見つめていた。
その紙とは、先生が教師だったころに受け持っていたクラスの名簿であった。

先生は突然、激しい歯ぎしりを始め、その名簿をバンバンと叩き出し、愚痴り始めた。
「畜生っ……! 私がこうなったのも、全てあのクソ問題児共のせいで……!」
「じゃあ、ゲームでもするか?」
先生の後ろから誰かの声が聞こえた。
「だっ、誰だ!?」
先生が振り返った。
そこに立っていたのは――。


第1話 6年3組、プレー前

 ドラえもんがいなくなってからちょうど一年が経つ。一年前、ドラえもんはオイル交換に行ったきり、帰って来なかった。僕はタイムマシンを使って、未来に行こうとした。
でも、机の引き出しの中のタイムマシンはなくなっていた――。


 それから一年後、僕は修学旅行のバスにいた。


 ○×小学校6年3組を乗せたバスは、すでに見学が終わった竜桜島を後にし、泊まる予定の旅館へと向かっていた。その車内ではいつも通りの6年3組の姿があった。

 その車内の奥のほうの座席で、野比のび太(男子16番)は後ろの席の源静香(女子20番)を見てにやけていた。静香はクラス内でよく話す女子である武藤美代子(女子21番)とおしゃべりをしていた。
そのとき、のび太が静香を見ているのに気づいた美代子は、シッシッとのび太に向けて手を払った。
のび太は残念そうに顔を引っ込めた。そのとき、向かい側の席の中島鈴香(女子16番)がせせら笑って言った。
「このダメ人間! 静香に近づいてんじゃないわよ!」
のび太は鈴香を無視した。まだ何やら言っている。本当にうるさい奴だ、とのび太は呆れた。
鈴香といえば静香のお目付け役のような女で、3組のほとんどのクラスメートから距離をおかれていた。
また、3組の『ガリ勉君』と呼ばれている葉月勉(男子17番)と肩を並べるほどのガリ勉(鈴香自身の成績は中の上だったのだが)でもあった為、『ガリ子』と呼ばれていた。
しかも鈴香ときたら自分よりも成績の悪いクラスメートを見下していたので、クラスメートからの評判は最悪だった。

 前の席では6年3組の担任であり、もう少しで30歳になるらしい大塚大介に向けてマシンガントークをしている女子、尾木真絵(女子5番)の姿があった。
のび太の彼女に対するイメージといえば、『しゃべるの早いなぁ』ということぐらいだった。

 また、その向かい側の席ではあばら谷一郎(男子1番)と多目土二(男子12番)というおとなしい二人組が一緒に座って、何やら話しているのが見えた。
のび太は、この二人組とはとても気が合った。だから、休み時間でもよく一緒にいた。

 その後ろの席では、出木杉英才(男子13番)を取り囲んでいる女子の姿があった。その女子達は『出木杉親衛隊』と呼ばれていた。
メンバーは、ショートカットでぶりっ子の井沢美香(女子2番)、おかっぱで活発的な伊原加奈(女子4番)、三つあみで仕切り屋の小山田夏子(女子6番)だった。いつも通りキャーキャー騒いでいた。

 目立ちたがり屋で、出木杉英才にやたら対抗意識を燃やしている犬山三郎(男子2番)は、バスの運転手が座っている運転席の隣に立って、最近の邦楽を熱唱していた。
実は彼、もう30分程前から歌っているのだが、3組のほとんどは無視という始末。のび太は、そんな犬山がかわいそうになってきた。

 のび太の席の後ろに座っていたらしい、剣道を習っていて、6年3組では『さわやか系の男』を気取っているが、クラスメートのほぼ全員から距離をおかれている戸手茂できる(男子14番)は、とてもマヌケな顔をして爆睡していた。
のび太はその顔を見て小さく笑っていると、そこに、自慢が特技で練馬区1番のお金持ち(?)の骨川スネ夫(男子18番)が黒色のペンを持ってやって来た。すると、戸手茂の顔に落書きを始めたではないか。
戸手茂が座っている席の後ろの席に座っていたらしい、クラスではあまり目立たない2人組、田中安雄(男子11番)と佐藤はる夫(男子9番)が必死で笑いをこらえてるのが見えた。
こりゃ、できるが顔の落書きに気づいたときのリアクションが楽しみだ、とのび太は口元に笑いを浮かべた。

 そのとき、バスが砂利道に入った。バスはとてつもなく揺れた。バスの荷物棚に置いてあったクラスメートの荷物が次々と落ちてきた。
クラスメートのほとんどは座席に必死でしがみついていた。運転手が座っている運転席の隣で邦楽を熱唱していた犬山は、足を滑らせてバスのステップに頭から落ちてしまった。犬山の悲鳴が車内にうるさく響いた。
のび太の後ろの席で爆睡していた戸手茂は、バスの天井まで浮かんで天井に強く頭を打ちつけてしまった。戸手茂は悲鳴をあげながら座席に落ちていった。

 ようやく砂利道を抜けると、のび太は自分の体内の食道から何かがこみあげてくるのを感じた。そして数秒も経たない内に、のび太は勢いよくゲロを吐いた。
「うわっ、くっさ!」
「殺すぞのび太!」
「さいってー!」
のび太はクラスメートの大ブーイングを浴びながら、ゲロの処理を始めた。

 ――そのときだった。
「ぶっ殺すぞテメー!」
一番奥の席の辺りで、練馬区1番の危険人物である剛田武ことジャイアン(男子8番)が、3組を代表するナルシストである木鳥高夫(男子7番)の胸ぐらをつかんでいるのが見えた。
「あはは……、間違いだよ、間違い」
木鳥はそう言って、ジャイアンを止めようとしていた。一体何が起こったのだろう? と、のび太は首をかしげた。
「何が間違いだコノヤロー!」
ジャイアンはそう叫んで、木鳥をぶん投げた。投げられた木鳥は近くの座席に座っていた、いつも持ち歩いているスケッチブックに向かって、絵(何を描いているのかは分からないが)ばかり描いている渡辺五郎(男子21番)に激突した。
「キャーッ!」
女子達が悲鳴をあげる中、担任の大塚大介がジャイアンを必死で抑えていた。

 ジャイアンの暴動がおさまると、バスは旅館に着いた。

「班ごとに一列に並べ〜!」
担任の大塚大介がそう指示を出したが、3組はいっこうに並ばない。15分くらい経ってから、ようやく並んだ。担任の説明が終わると、3組は班ごとに部屋へ向かった。

 その途中、クラスナンバー1のかわいさと美しさを持つ、源静香と、ナンバー2の篠原万里(女子12番)は、他校の男子にナンパされていた。
「彼女達〜、僕達と遊ばな〜い?」
そこに、静香のお目付け役のような女、中島鈴香が乱入してきた。
「誰よアンタ達! あっち行きなさいよ! ペッペッ!」
「うわっ! きったねぇなコイツ!」
鈴香にツバをかけられた他校の男子は、そう言って逃げていってしまった。
「ありがとう、中島さん」
「鈴ちゃん、カッコイイ〜!」
静香と万里は目を輝かせてお礼を言った。
そこへ、出木杉英才がやって来た。
出木杉はにっこりと笑い、
「偉かったよ、中島さん」
と言った。
「いや〜、それほどでも」
鈴香はそう言ってデレデレしていた。

 一方のび太の班は、無口で必要なことしか喋らない仁王連次(男子15番)。
ガリ勉君と呼ばれている3組ナンバーワンのガリ勉、葉月勉。
現実はひとつのストーリーとして考え、脚本家を夢見ている元平了(男子19番)
自慢が特技で練馬区1番のお金持ち(?)の骨川スネ夫。
小学4年生のころ転校してきた出木杉英才のおかげで、全く目立たなくなってしまった矢部小路(男子20番)。
いつも持ち歩いているスケッチブックに向かって、絵(何を描いているのかは分からないが)ばかり描いている渡辺五郎(男子21番)という意気投合のしない班になった。
のび太自身はあばら谷一郎か多目土二のいる班になりたかったが、くじびきで決まったことなので文句は言えなかった。
それに、ジャイアンと一緒の班にならなかっただけでもマシだった。

 剛田武――ジャイアンは、6年生になってもその性格はいっこうに変わらず、それよりもますます荒れているようにも思えた。
隣の区の中学生の不良グループを、たった一人で病院送りにしたらしい。とにかくジャイアンはすごかった。

 部屋に着くと、仁王連次は読みかけらしい分厚い本を読み出した。
葉月勉は、算数のドリルを解き始めた(私立中学に受験するつもりらしい。)。
元平了はあぐらをかいて、なにかブツブツと言い出し始めた(頭大丈夫かコイツ?)。
矢部小路と骨川スネ夫は、部屋を出て行った。
矢部小路はどこに行ったか分からないが、骨川スネ夫はおおかた、佐藤はる夫(男子9番)か田中安雄(男子11番)の部屋でトランプでもする気だろう、とのび太は推測した。
渡辺五郎はスケッチブックを開いて、また何かを描き始めた。
それで部屋に残ったのは、4人ということになった。
沈黙の空間。何もすることがなくなったのび太のとった行動は、『昼寝する』という行動だった。
寝転がると、今日一日分の疲れがドッと出た。そして、これからの予定をを思い出し始めた。
今日の日程表に、『PM7:00 レク大会』と書いてあったのを思い出す。
のび太はため息をつき、つぶやいた。
「はぁ〜、めんどくさいなぁ〜」


第2話 ゲーム数時間前、見え隠れの影

 野比のび太(男子16番)ら6年3組が宿泊している旅館の男子トイレ。そのトイレの洗面所の鏡をのぞいて、うっとりしている男子がいた。
その男子の名は、木鳥高夫(男子7番)。
――ああ、どうして僕はこんなにも美しい少年なのだろう?――
パッチリと映えた目(実際、細めな明らかに日本人の目だったのだが、木鳥自身には、美しく見えたのだった)、
高く揃った鼻。もう僕にはモデルの才能があるに違いない。速水まかみちとか、もう問題では無い。
このまえ、シャニーズ事務所にオーディション受けちゃった。でも、落ちた意味が分からない。
だが、いつか僕を書類審査で落としたことを後悔させてやる。そうだ、確か修学旅行から帰って来た日には、あの事務所のオーディション結果が
届いているはずだ。僕は、ただの小学生じゃないんだぞ!
 木鳥がそんなことを考えて、眉毛に化粧専用の描き鉛筆を添えたときだった。

「ガッシャーン!」

突然鏡の割れた音が男子トイレに響いた。木鳥はハッとして周りを見渡そうとした。
次の瞬間木鳥の視界に映ったのは、ニヤニヤ笑いながら鏡に拳を突っ込んだ剛田武(男子8番)の姿だった。
「バスの中ではよくやってくれたなぁ……」
剛田武――ジャイアンはそう言うと、バキボキと指を鳴らせながらゆっくりと近づいてきた。
「ゆ、許してくれっ! 髪どめ用のゴムひもを当てたのは事故だったんだっ! ――そうだ、お金をあげるよ! 僕のありったけのお金を!」
木鳥はそう言ってズボンのポケットから財布を取り出し、ジャイアンに向かって勢い良く投げ捨てた。
 バカなゴリラ。お前の好きなものなんて知ってるんだぞ。金だ、そしてタバコ。お前は今、猛烈にタバコが吸いたいはずだ。
だけど、今のお前には金が無い。それに、こんなときのために、靴の裏に一万円札を5枚隠し持ってるんだよ。
心でジャイアンに罵声を浴びせながらも、木鳥はおびえた顔をしながら、様子を伺った。
ジャイアンは黙って木鳥の投げ捨てた財布を拾い、中身を確かめた。そして、木鳥を見てニヤリと不気味な笑いを口元に浮かべた。
「話の分かるやつじゃねーか、ま、今回は許してやるよ」
ジャイアンがそう言って立ち去ろうとしたとき、男子トイレに骨川スネ夫(男子18番)、田中安雄(男子11番)、佐藤はる夫(男子9番)が入ってきた。
ジャイアンはすぐに、スネ夫の肩に腕をかけて言った。
「スネ夫く〜ん、僕達友達だよね〜」
スネ夫、安雄、はる夫の表情はみるみると青ざめていった。
「や、やあジャイアン。今日はいい天気だね」
スネ夫はカチカチと歯を鳴らせながら言った。安雄は、半ばはる夫に隠れるように体を縮める。
「ああ、そうだな」
ジャイアンは黙って手を突き出した。中指をすすっと動かして。何かを求めるように。


 一方ここは、のび太の班が使用している部屋。
「起きろ、おい起きろ」
のび太は眠い目をこすって起き上がった。周りは、もうすっかり電灯で明るかった。今が夜だからか。え?というか、もう夜なのかな?
「今、6時55分だぞ」
そう言ったのは、同じ班の仁王連次(男子15番)だった。どうやらのび太を起こしたのは、この仁王らしかった。
のび太は一応お礼を言うことにした。
「起こしてくれてありがとう。え〜と、仁王……連次君だっけ?」
「ああ」
仁王はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
「……、恥ずかしがり屋なのかなぁ、あいつ」
のび太は、ひとり取り残された部屋でそうつぶやいた。ひゅうっと、少し開いていた窓に、風が入り込んだ。
その拍子に、部屋にあった花瓶が倒れた。
『ガッチャ〜〜ン!』
 のび太は、スポーツ大会が終わったら直そうと思った。――そのとき、同時に不吉なものを感じた。
それが、何を意味するか、分からなかったけれども。
そして、『もう二度と戻ることの無い』部屋を後にし、のび太はホールに向かって走っていった。

 午後7時。
のび太は午後7時ジャストに、ホールに滑り込んだ。
とうとう、のび太がこの修学旅行で最も参加したくなかったイベント――レク大会と称した球技大会が始まった。
男子はドッジボール、女子はバスケットボールをやることになっていた。
まずは、男子のドッジボールから始まった。ひとチーム7人ずつの3チームに分かれた。

 のび太のチームは、目立ちたがり屋で、出木杉英才にやたら対抗意識を燃やしている犬山三郎(男子2番)。
弓道の資格を持っているらしいが、この6年3組においては全く目立っていない片倉三郎(男子5番)。
片倉の弓道仲間であり、父親が船長らしい浦成和雄(男子3番)。
片倉と浦成の弓道仲間であり、弓道仲間でのムードメーカーらしい小戸誠人(男子4番)。
剣道を習っていて、6年3組では『さわやか系の男』を気取っているが、クラスメートのほぼ全員から距離をおかれている戸手茂できる(男子14番)。
とてもお金にガメツイというイメージしかない、金尾貯(男子6番)という個性的なメンバーがそろった。

 試合開始のホイッスルと共に、のび太はサッカー部キャプテンの矢部小路(男子20番)にボールを顔面に当てられ、内野からあっさりと退場した。
それと同時に、女子から歓声がわきあがった。
牧野恵理香(女子18番)と、間宮奈々子(女子19番)と友達で、人を見かけで判断する浅尾真希(女子1番)が特にうるさかった。それもそのはず、浅尾真希は矢部小路のことが大好きだった。
次に内野から退場したのは、犬山三郎だった。
東京一番のベースボールクラブに所属していて、クラブ一番のピッチャーである鈴木茂人(男子10番)が剛速球で腹に叩き込んだらしい。
女子からまた歓声があがった。
その中で、占い好きな女子である沖田美空(女子7番)は、茂人に向けて投げキッスをしていた。
自分のホームページで『夢小説』という小説を執筆し、掲載している木村育代(女子10番)は、茂人に向けてウインクをしていた。
常に流行の最先端を突っ走っている流行洒落子(女子17番)は、茂人に向けて手を振っていた。
この3人はみんな鈴木茂人のことが好きだった。しかし、茂人はこの3人のアピールを完全無視した。
次に当てられたのは、浦成和雄だった。
当てたのは、3組の完璧人間である出木杉英才だった。
やはり、女子からは歓声がわき起こり、『出木杉親衛隊』である小山田夏子(女子6番)らが一番うるさかった。
次に当てられたのは、金尾貯だった。
当てたのは剛田武で、よっぽど球速がすざましかったのか、金尾貯はお腹を押さえてピクピクと震えていた。
その光景を見て爆笑していた担任の大塚大介と共に、尾木真絵(女子5番)も一緒に笑っていた。
尾木真絵は、もう少しで三十路の大塚大介に恋をしていると、バスケ部であり、噂好きの築田洋子(女子15番)が、その辺にいた女子達に話していた
(あまりにも築田の声がデカかったので、聞こえてしまった)ことを思い出した。
『恋愛には境界線がない』と言うが、教師と生徒と言うのはどうかと思うけどなぁ、とのび太が思ったときだった。



 誰にも気づかれずに、ホールにの入り口からある物体が投げられた。
投げられた物体ははじけて、霧になり、ホールの中で漂い始めた。まず、ボールを投げようとしていた小戸誠人が倒れた。
そのことをきっかけに、クラスメートは次々にバタバタと倒れていった。
のび太も力が抜けていくのを感じ、あおむけに倒れた。30秒も経たない内に、ホール内の6年3組は全員眠ってしまった。

直後、ホールに入ってきたのは――。


第3話 狂人登場、ゲーム開始数分前

「起きろ、おい起きろ」
聞き覚えのある声が自分を呼んでいる。のび太は眠い眼をこすってゆっくりと起きた。
眼の前にいたのはやはり、あの仁王連次(男子15番)だった。
「ここは……!? 確か僕……!?」

 のび太は辺りを見回す。なんだか知らない小屋の中にいるようだった。
すぐそばには、生徒用らしい机やいすが人数分並んでいる。
他のクラスメート達はすでに起きていて、この状況にとまどっていた。
「ここどこよ!?」
「今何時だよ……、チッ!」
「出木杉さぁ〜ん!」
「時計持ってない?」
「腹減った……、何か食いてえよぉ……」
「先生は?先生はどこ!?」
「うるさいうるさい! お前ら寝起きから、デカい声出してんじゃねえよッ!」
「まず落ち着くんだみんな!」
出木杉英才(男子13番)がそう叫び、ほとんどのクラスメートが静まり返る。
"ほとんど”と言うのは、犬山三郎(男子2番)だけが小屋の扉に体当たりして、扉をブチ破ろうとしていたので。
そのとき、扉が勢い良く開いたため、犬山は吹っ飛んでその辺にいた渡辺五郎(男子21番)に衝突した。
扉を開けて現れたのは、元5年3組の教師であり、ちょうど一年前に懲戒免職を受けて、のび太達が通っている学校を去った――先生栄一郎だった。

 その姿を見て、クラスメート全員が硬直した。
先生の顔は満面の笑みであふれていて、大きいバッグを持っていた。
「おはようございます皆さん、久しぶりだなぁみんな。元気にしてたか?」
先生はそう言って3組全員の前に立った。3組全員が固まっている中、出木杉は先生の前へと歩み寄った。
「先生、一年前の事件のときはすいませんでした」
出木杉はそう言うと、深々と頭を下げた。
「いや、もういいんだよ。出木杉、頭を上げなさい。今謝ったところで、私がこの職業に復帰できるわけでもないしな。
 とにかくみんな、そこの席に番号順に着きなさい」
いつもは並ぶのが遅い3組が、珍しく先生の言われるままに番号順に席に着いた。
「え〜、私がここに君達を集めたのは、修学旅行最高の思い出を作ってほしいからです」
3組全員がざわめき始める。
直後、先生は手をパンパンとたたいて言った。
「最後まで話を聞きなさい! 全く、何も変わってないな君達は……!
 そこで、君達には今日から明日の2日間、殺し合ってもらいます」

さらに3組がざわつく。そのとき、女子バスケ部キャプテンで、噂好きの築田洋子(女子15番)と友達である高木美保(女子14番)がサッと手を挙げて、質問した。
「殺しあうってどういうこと? いつかの映画の殺し合いみたいに?」
先生は首を縦に振って答えた。
「サバイバルゲームって知ってる人いますか? 要はあれの殺しあうバージョンです。
 君達には実際に武器を使って殺しあってもらいます。
 このゲームの開催地は、この島全部です。そして、このゲームは殺しあって最後の1人が残るまで続きます。
 ただし、2日間しか時間がありません。その2日間以内に終わらなければ――」
そのとき、先生の言葉をさえぎって、学級委員書記の、小山文(女子11番)が手を挙げて言った。
「先生、それ本気で言ってるんですか?」
先生はうなずいて言った。
「はい、本気です」
その先生の一言で、一斉に小屋の中が静まり返る。その中で、剛田武(男子8番)ことジャイアンが、不気味に笑いながら言った。
「いいじゃねえか、くだらねえレク大会やってるよりこっちの方がおもしろそうじゃねえか……!」
「同感」
練馬区一番の不良グループに入っているらしい樺田ぼた子(女子8番)といつも一緒につるんでいる木下礼子(女子9番)がそう言うと、木下の前の席の樺田もうなずく。
まさか、3組の不良グループはこの理解不能なゲームに参加するつもりなのだろうか。
のび太はそう疑問を抱きつつ、ゆっくりと周りのクラスメートを見回す。ひきつった顔、不安そうな顔、狂気に満ちた顔。

 ――そのときだった。
尾木真絵(女子5番)が席を立って、ややヒステリック気味に質問した。
「先生はどこよ? 大塚先生はどこにいるのよ!?」
先生はニマーッと笑い、大きいバッグを持ち上げて言った。
「ここにいるぞ、尾木」
のび太はこのときまさかと思った。だが、まさかそんなことは――。
3組全員の視線は、その大きいバッグに注がれた。
先生は、大きいバッグのファスナーをゆっくりと開け、中に入っていたものをわしづかみにし、3組全員の前に突き出した。
直後、小屋は絶叫で響いた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
バッグの中から出てきた物は、6年3組の担任であった大塚大介の頭の左半分だった。
びちゃびちゃと血が床にしたたり、飛び出た眼球は、天井をにらみつけている。
それから先生はそれを、壁に思いっきり投げつけた。まるでドッジボールのボールのように。
投げつけられたそれは、ズルズルと壁をつたいながら床に落ちた。

 ほぼ全員のクラスメートが絶叫する中、先生は絶叫に負けないぐらいの大声で叫んだ。
「静かに静かに――! 大塚先生は、このゲームに不必要とみなしたので殺してしまいました」
直後、尾木が先生に向かって走った。そして、先生の腹を小さいこぶしで殴り、かん高い声で叫んだ。
「大塚先生を返してよ! 返してよ! 大塚先生は私の初恋の人だったのよ! 先生をよくも――、アンタなんか殺してやるわ! 殺すわ!」
先生は腹をさすりながら落ち着いて言った。
「痛いな〜、よくも先生にそんなことができるな〜、まったく。席に着きなさい、尾木」
しかし、尾木は『殺す殺す殺す殺す』を連呼するだけで、席に着こうとしない。
尾木はまるで鬼のような目つきをしていた。
先生はそれを見て、不気味に笑って言った。
「そうか、なら罰としてげんこつをするぞ」
先生は、尾木のひたいにコツンとげんこつをした。
しかし、のび太はコツンという音と共に、なにかにぶい音が聞こえた。
その瞬間、尾木は先生の前であおむけに倒れた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
尾木のひたいに、ナイフの柄が突き出ていた。
「ボーン!」
そのとき小屋の隣のほうで轟音が響いた。なにかが爆発したような音だった。
クラスメートほぼ全員が絶叫する中、先生はニマーッと笑って言った。
「尾木みたいになりたくなかったら、落ち着いて話を聞いてくれ」


尾木は死んでしまった。

先生の手によって。

おそらく、もう誰も何も行動しないだろう。

いや、できないだろう。

この状況下においては、絶対に。

のび太は体のしんが冷えていくような錯覚に陥り始めていた。


第4話 ゲーム開始。暗黒の出撃前

 壁にかかっているアナログ時計は、朝の5時45分を周ったところだ。
その下には元担任の頭がくっつき、血が固まり始めている。
そして、すぐ側には生臭い血の匂いを放ちながら、ついさっき殺された尾木真絵(元・女子5番)があおむけに倒れている。
その眼は生前の憎しみに満ちたままだった。
――先生は、何も無かったかのように落ち着いて話し出した。

「それじゃあ、ルールを説明します。え〜とまず、基本的に反則はありません。
 ああっと、この島から逃げてもOKです。逃げることができればの話ですがね。
 それから、机の横にかかっているセカンドバッグの中には、2日間に十分な水と食料、方位が分かるコンパス、時計と殺しあってもらうための武器が入っています。
 後、ケータイ持ってる人は使ってもいいですけど、多分圏外なので、ほぼ使い物にならないと思ってよいです。
 では、机の横にかかっているセカンドバッグから地図を取り出してください」
野比のび太(男子16番)は、先生の指示に従って薄汚れた紙を取り出した。

「え〜と、地図にはこの島が書かれていて100マスの線が引かれているはずです。
 そうして、一番左上からA―1、A―2……というように表記されています。
 エリアについては、分かりましたか?」
クラスメート全員、何も言わなかった。
「そうかそうか、じゃあ禁止エリアの説明に入ります。
  禁止エリアというのは、そのエリアに入ると爆発するエリアのことです。
 君たち一人が死ぬと、エリアがひとつ爆発します。その爆発したエリアが禁止エリアになります。
 ここまでは分かりましたか?」
クラスメート全員は依然として黙ったままだった。
「よし、それじゃあ『プレート』の説明に入ります。 
 プレートは、君たちのセカンドバッグの中にひとつずつ入っています。
 そのプレートには、『性別 出席番号 エリア』の3つが表記されています。
 例をあげて説明すると、『男子 1番 A―1』と表記されている場合は、男子1番が死ぬと、A―1地点が爆発して禁止エリアになるという意味です。
 それから、プレートは番号ひとつ後の人が持っています。
 例えば、男子1番のセカンドバッグには、男子2番が死ぬと爆発して禁止エリアになるエリアが表記されているプレートが入っています。
 最後に、制限時間についてですが、この殺し合いの制限時間は48時間、つまり2日間です。
 その時間内に決着がつかなかった場合は、この島全域が爆発します。優勝者はありません」

 先生の説明が終わり、のび太は周りのクラスメートを見回した。
前の方の席に座っている犬山三郎(男子2番)は、何故だかかすかに笑っている。
後ろのほうの席に座っている、牧野恵理香(女子18番)は顔を覆い隠して震えている。
その後ろのほうの席に座っている矢部小路(男子20番)は、出木杉英才(男子13番)を見て、歯ぎしりをしている。
その斜め向かいの前の席に座っている、間宮奈々子(女子19番)は、後ろの席の源静香(女子20番)をおそろしい眼でにらみつけている。
一番後ろの席に座っている片倉三郎(男子6番)は、高木美保(女子14番)をじっと見つめている。

 先生は、壁にかかっているアナログ時計をチラッと見て言った。
「はいはいはい、後5分で午前6時になります。
 午前6時から、男女交互で番号順に2分おきに、このプレハブ小屋を出てもらいます。
 一人でも小屋から出ない人がいたら、この小屋を爆破します。
 死にたくなかったら、言うとおりにしてください。
 ええと、机の横にかかっているバッグを持って小屋を出ること、以上です。
 それじゃあ、男子一番のあばら谷一郎(男子1番)君、準備をしてください。
 先生は先に小屋を出て『位置』につきます。いいか〜、くれぐれも2分おきに小屋を出ることだぞ。
 頑張れよ〜」
そう言って先生は出て行った。

 ――のび太自身、信じられなかった。まるで、さながらこの映画のような展開。
こんな事って、あるのだろうか。これは夢だ。ためしに、頬をつねってみた。
そこは、当然痛みが走った。夢では無い。これは、現実だ。自分は、この意味不明なゲームに参加し、死んでしまうのか。
そんなのは、ごめんだ。はっきり言って。
僕にはまだ未来がある。ドラえもんの話によると、静香ちゃんと結婚するんだ。
そうだ。そもそもこんな馬鹿げたゲームが始まることすらありえない。本当に、普通に考えれば、うん。リアルに考えようよ。
 のび太は顔を上げて、真っ直ぐにあばら谷一郎ことあばら谷を見た。現在5時59分。もう出発しなければならないのだが、あばら谷くんは外に出ない。
 ほっとした。あばら谷くんはこのゲームなんかに――

『ガタッ』

木造の椅子が音を立てて動いた。あばら谷くんは、席を立った。セカンドバックを肩に背負って。そのバックの白さが異様にのび太の眼に映った。
のび太は、思わず大きく眼を見開いた。終わった。この世界は終わった。いや、のび太自身、あばら谷の人生も。そして、ここにいる41人の人生が。
あばら谷くんは、そのまま出口のドアのノブに手をかけた。

ちらっと、のび太の方を見たような気がした。

それは、気のせいだったのかもしれないけれども。

あばら谷は、がちゃっとドアを開けると、外に出て行った。この、どことも知らない島のどこかに出て行った。
一瞬、まぶしい光が小屋の部屋の中に入り込んだ。が、すぐにまた薄暗い影の中に戻った。
もうダメだ。あばら谷くんは、このゲームに乗ったのだ。
同時に、時刻は6時を過ぎた。
ゲーム開始、それは同時にクラス全員(正確には一人を除いてだが)の命のタイムリミットが始まった事を意味していた。
それとほぼ同時に、誰かが席を立った。

出木杉だった。学級委員長の出木杉英才。

「み、みんな。聞いて欲しいことがあるんだ……」
出木杉のその一言で、学級はもう一度ざわつき始めた。
そして出木杉は、黒板の前の教壇の前に立って話し始めた。

「これは、紛れも無く本物の殺人ゲームなんだ、それはみんな分かるよね?」
出木杉親衛隊の三人は希望を取り戻した眼差しで出木杉を見つめていた。
そして、クラスの大部分が出木杉の話に耳を傾けていた(そして少数派は、剛田武ことジャイアンが入っていた)。
「――でも、もちろん参加なんかできるわけないよ。いきなり先生が『殺しあえ』って言われても出来るわけないんだよ。
 だから、みんな地図を見て」
のび太も、さっきの地図を見た。正直、エリアの説明は良く分からなかったが。A−1が……何だっけ?
「この地図の中央、ここは今僕らのいるF−6。そのすぐ西は、尾木さんが亡くなって……できた禁止エリアだよ。
 F−5ね。ここには絶対に近づかないで欲しいんだ。先生の言うとおり、多分この禁止エリアというのも本物だと思う。
 そしてここからが大切なんだ」
 ここまでの説明の中で、のび太は改めて出木杉の理解の早さに驚いた。
さすが、出木杉英才だ。彼がいれば、自分は必ず死なないような気がした。もちろん、静香ちゃんも、みんなも。
「このすぐ南の砂浜に、『海の家』ってあるよね? エリア名で言うと、I−5。
 まず、この小屋から出たら――」

『ガタッ!』

出木杉の話をさえぎり、浅尾真希(女子1番)が席を立って、言い放った。
「6時2分まで後30秒。正直、こんな臭い変な所出たかったのよね。じゃあバイバイ……」
そう言うと、さっさと出口に向かった。
出木杉は、急いで浅尾に駆け寄って、言った。
「お、お願い、浅尾さん。ここを出たら南の『海の家』に向かって欲しいんだ。そこにみんな集まるよ。
 頼んだよ……!」

浅尾真希は、出木杉の話を聞いたのか聞かなかったのか、どちらとも言えない表情をすると、そそくさと小屋の中から姿を消した。
ちょうど6時2分。危なかった。もう少しで、この小屋が爆破するところだった。
時間にも気を配らなくてはならない。
のび太は、この鎖のようなルールに苦痛を感じた。

「話を続けるよ? なるべく早く正確にみんなに伝えなきゃいけないから。
 浅尾くんに言ったとおり、ここを出たらすぐに南の『海の家』に向かって欲しいんだ。
 今は、先生に言われたとおりにしないと、時間切れでみんな――死んじゃうから。でも大丈夫。
 みんなは絶対に死なない。僕も。お互い助け合ってこのゲームの抜け出し方を考えよう。
 ここでは考えられないから、海の家に集まるんだ。見当たる安全な建物はこの辺しか無さそうだから。
 ――じゃあ、みんな、頼んだよ。最後の美代子ちゃんが出るのに7時20分。
 目標として、朝の8時にはみんな集まっていること。誰か、何か質問はある?」

 のび太は、また辺りを見渡した。
木鳥高夫(男子7番)は、何故か勝ち誇ったような顔をしていた。
その表情が、かえってのび太に妙な暗示をかける。
もしかすると、木鳥は海の家に向かわずこのゲームに参加するのでは無いか。
いや、多分それはないよ。うん。自分に言い聞かせる。
そして、元平了(男子19番)はにやりと笑みを浮かべていた。
れも、木鳥と同じ考えになりそうで、必死に考えるのをやめた。

そのときだった。多目土二(男子12番)がさっと手を挙げた。
「あ、あばら谷くんは? あばら谷くんには海の家のこと、誰が伝えるの?」
のび太は、思わずあっけにとられた。その通り。僕は、この二人(多目とあばら谷)とは友達だった。
友達のことを、しかもついさっきのことを僕はなぜ忘れていたのだろう。
思わず、席を立った。
「そ、そうだよ。あばら谷くんはどうするの? あばら谷くんはこの話を――」

と、のび太の話はここまででさえぎられた。

「良いんだよ、あばら谷くんは。正直、彼は暗かったし――。もしかすると君たちを殺すつもりだったのかもしれない。
 そう考えれば、良かったと思うよ、僕は」

何だ? この出木杉英才くんは何を言ったんだい? この委員長、こんな非常事態にギャグはよしてくれよ。
出木杉の眼は、さっきの演説とは打って変わって違っていた。黒く、いや黒いというよりも蒼色に近かった。

「何言ってるんだよ! き、君は何を言ってるんだよ!」
多目の顔は既に紅潮していた。拳は硬く握られ、今にも出木杉に殴りかかりそうだった。

「ガタ」

また、今度は犬山三郎(男子2番)が立ち上がった。
「そういうことだ、多目、のび太。こいつは人のためとか言いながら、本当は自分のためなんだ。
 おっとでも、殺すなよまだ。こんなところで銃なんかぶっ放したら、他の奴らまで巻き添え食っちまう。
 じゃあな。出木杉……背後に気をつけろよ」

犬山はそう不気味に笑うと、小屋からゆっくりと出て行った。
ちょうど6時4分。
のび太は多目の怒りが静まっているのを見て、安心した。しかし、多目の方に歩いていって肩に手を置いた。
「多目くん、殴るのはダメだよ、うん。暴力反対」
多目は、のび太のことにかまわず、のび太の手を振り払って吐き捨てるように言った。

「の、のび太くんは悔しくないの? あばら谷くんは、出木杉くんに侮辱されたんだよ?
 それに、あばら谷くんは見捨てられたんだよ!」

『見捨てられた』その言葉に、のび太は全身が凍りつくような感じに陥った。
ちょうど、尾木真絵が死んだ直後のあの体の中で急速冷凍された水が、氷になったような感じだ。
ああ。そして、出木杉の言葉がそののび太の中にできた氷を一気に溶かした。
まるで、熱湯をかけられたかのように。

「で、出木杉! どういうことなんだよ? あばら谷くんだけどうして見捨てるんだよ!」


一斉に、クラスが静まり返った。同時に、出木杉はさらりと言った。

「は、は、は、アハハッハハハハッハハハハハ!!! 冗談に決まってるよ、のび太くん!」

同時に、クラスがどっと笑いの嵐に包まれた。
「ひ、ひ〜、腹痛〜い! バカじゃないの?」
「な〜んだ、ちょっとびっくりしちゃったわよ、出木杉さん!」
「バカだなあ、相変わらず」

のび太と多目は、一気に開花した花がしぼんでしまったように、席に着いた。
冗談。じょ。冗談にもほどがある。そうだよ。悔しい。でも、これは出木杉の冗談。
しかもこんなときに普通冗談なんか言うか? でも、僕は恥ずかしい。このまま死んでもいいとも思った。
多目も、のび太とほぼ同じ心境に違いない。

「の、のび太くんに多目くん。悪かったよ。うん、ちょっと言ってみたかったんだよ、うん。
 あばら谷くんを探してくれないかい? 見つけたら、すぐに海の家に来て欲しい。
 二人だったら、安心して任せられるよ。分かった?」
のび太と多目は「う、うん」と曖昧に返事した。
そして。
出木杉親衛隊の一人、井沢美香(女子2番)がちょうど6時6分に同じ出木杉親衛隊の二人に別れを告げながら、出木杉にも愛の眼差しを向けて小屋から出て行った。
「出木杉さん」
そう声をかけたのは、源静香(女子20番)こと静香ちゃんだった。
「静香ちゃん、さすがに僕もどっと疲れちゃったよ」
出木杉と静香ちゃんが仲良く会話している。一体、二人はいつから仲良くなったんだろうか?
確かに、この島に来る前から既に仲良くなっていた気もするが。
のび太は、この二人を見て、ふと『殺意』が沸いた。



――殺せ。 出木杉英才をそのセカンドバックの中に入っている武器で殺れ。



自分に驚いた。そして、思わずセカンドバックの中に手を入れていることにも驚いた。
危ない、危ない。うん。何考えてるんだよ。うん。

冷静になるんだ。
悔しさ。恐怖。殺意。焦燥。
このたくさんのものがのび太に侵食してくる。


やめろ! やめてくれ!


何か、引き返していく。のび太は、ほっとした。今、このゲームが始まってやっと内心からほっとできるような気がした。

のび太は、机にそのまま頭を突っ伏し、深い眠りに落ちていった。



【残り41人】


第5話 ぞくぞく出発、出撃寸前

 午前6時40分。野比のび太(男子16番)は、殺風景なプレハブ小屋の中、クラスメートらが恐怖にかられている中で寝ていた。
つい30分程前までは、プレハブに残されたクラスメートと同様、恐怖の鎖に縛られていたのだ。
しかし、のび太にとって朝の5時起きは、生後1ヶ月の乳児にかけ算の九九を覚えさせるような事だった。
つまり、のび太の睡魔は恐怖を制したのだった。しかしのび太は、同じグループ内の『彼』にまたまた起こされてしまった。

「起きろ、おい起きろ」
とても聞き覚えのある声が自分を呼んでいる。のび太は、頭をかきながらゆっくりと起き上がる。
目の前にいたのは、やはり仁王連次(男子15番)だった。忘れるわけも無い、もう3度も起こされている。
「多目が呼んでる」
仁王はそれだけ言うと、のび太に背を向けてしまった。
「多目君が……?」
「のび太君!」
多目土二(男子12番)がそう叫んで、のび太の席にやってきた。大きな声だったが、クラス内はここには気づいていないようだった。
「のび太君も一緒にあばら谷君を探すよね?」
いつもの多目君とは違う積極的な発言にのび太は驚いたが、すぐにうなずいた。
「うん、もちろんだよ。僕達友達じゃないか」
多目はそれを聞くと、安心したように言った。
「本当は僕、怖かったんだ。1人でこんな知らない島を歩き回って、あばら谷君を探すなんて――、でも、安心したよ。
 僕には、のび太君がいる。一緒に友達を探してくれる、大事な友達がいる」
「何言ってるんだよ多目君、照れるじゃないか。僕はそんなにたいした奴じゃないよ」
のび太は、胸いっぱいにあふれている恥ずかしさやら嬉しさやらをこらえながら、そう言った。
そうだ。あのときだってそうだったじゃないか。のび太は、半年前の出来事を思い出した。



 せみがうるさく鳴いていた7月初頭。その日の昼休み、6年3組の教室では思わずむせてしまうほどの煙が漂っていた。その煙とは、タバコの副流煙。
その煙を盛んに生産していたのは、3組ナンバーワンの荒くれ者の剛田武(男子8番)こと、ジャイアンだった。
その男ときたら、すました顔で誰もいない教室の教壇の上にどっかと座って、タバコをふかしている。
3組の学級委員長の出木杉英才がこの場に居たら、すぐさま教師を呼ぶなりして、この場をおさめていたはずだ。しかし、その日彼は法事だとかで登校していなかった。
ともかく、その日の昼休みの6年3組の教室は、アフリカのサバンナと化していた。百獣の王ライオン――ジャイアンがその教室を支配していた。
しかし、その領域に反逆者が侵入してきた。その反逆者とは、体中を震度7に振るわせた野比のび太だった。のび太は、ジャイアンにおそるおそる言った。
「あ、あ、あ、あのさ、タ、タ、タ、タバコ教室で吸うの、や、や、や、やめてくれない?」
のび太の小さな抵抗を聞いたジャイアンは、ギロリとのび太を睨み、いきなりのび太の首ねっこをつかんで教室を飛び出した。
ジャイアンは走っている間何も言わず、ただ、口元に不気味な笑みを浮かべていた。のび太はただ泣き、絶叫していた。
 5分ほど経つと、のび太はすぐ上に鉄橋が広がる川原に投げ出されていた。何故かその川原にはジャイアンの手下らしい中学生らがのび太を取り囲んで見下ろしていた。
ジャイアンはニタニタと笑いながら、涙で顔がグシャグシャになっているのび太に問いかけた。
「お前と俺、どっちが正しい?」
ジャイアンの、明らかに恐喝にしか聞こえない問いにのび太は即答した。
「そ、そんなのジャイアンに決ま……、」
「のび太君に決まってるだろ!」
のび太の声を破って、聞いたことのある声が川原に響いた。声の主はこちらに走ってきた。
声の主は、6年3組での無二の友達――あばら谷一郎(男子1番)と多目土二だった。
「あ、あばら谷君! それに多目君も!」
のび太が歓喜の声を上げた直後、のび太の顔面に体重のかかったジャイアンの拳がめりこんでいた。数秒も経たないうちに、のび太の体は崩れていた。
「のび太君!」
多目はそう叫んで、のび太にかけよった。あばら谷も後に続いた。
「野郎共、やっちまえ!」
ジャイアンのかけ声と共に、のび太を取り囲んで見下ろしていた中学生らが襲いかかってきた。川原はおたけびと絶叫で包まれた。
 のび太は2人の中学生に羽交い絞めされ、腹を何度も蹴られた。多目とあばら谷は、お互いの頭を『ゴッ!ゴッ!』とぶつけられた。三人とも、全身が血と涙と汗でぐしょぐしょに濡れていた。
ジャイアンは何もせず、ただその光景を眺めて笑っていた。そして、不敵に言った。
「俺に逆らう者は死刑! ガハハ、いい気持ちだ……」

――そのとき、パトカーのサイレンが川原の向こうから聞こえてきた。ジャイアンは舌打ちし、かけ声をあげた。
「逃げるぞ! 絶対に誰もつかまるんじゃねぇぞ!」
ジャイアンと中学生らはどこかへと逃げ去っていってしまった。川原には、メタメタのボロボロになった3人だけが残された。
のび太は出血が止まらない口内を開いて、あばら谷と多目に謝った。
「あばら谷君、多目君ごめん。こんな酷いことに巻き込んじゃって――」
「何でのび太君が謝るんだよ」
あばら谷は、真っ赤に染まった右肩をさすりながらそう言った。さらに、多目も真っ赤になった後頭部を庇いながら、続いて言った。
「悪いのは、ジャイアンだよ。それに、僕らは僕らの意思でのび太君を助けに来たんだから。――結局こてんぱんにされちゃったけど」
ボコられる前から泣いていたのび太は、2人の言葉を聞いてさらに涙があふれ出てきた。そして、涙声で2人に聞いた。
「何で、わざわざ僕なんかの為に……?」
「何言ってるんだよ、そんなの決まってるじゃないか」
多目ははそう言うと、あばら谷もうなずいて言った。
「僕達友達じゃないか。友達が困ってるの見て、放っておけるわけないじゃない」



 のび太はハッと気づくと、壁にかかっているアナログ時計が6時42分を指した。
「あっもう僕行かなくちゃ――じゃ、小屋の前で待ってるからね!」
多目はそう言うと、白のセカンドバックを肩にかけて、小屋を急いで飛び出していった。多目が出ていくと、小屋の中は静かになった。

 何もすることがなくなったのび太は、辺りのクラスメートを見回すことにした。この小屋に残っているのは、のび太を含めて19人。
出木杉英才(男子13番)と源静香(女子20番)は、小声で何か話している。あっ、今静香ちゃんが小さく笑った!
――くそう、また静香ちゃんとイチャイチャしちゃがって。この野郎、もっと静香ちゃんから離れろ!――
のび太の出木杉に対する嫉妬の炎はものすごい勢いで燃えていく。そのとき、壁にかかっているアナログ時計が6時44分を指した。
女子の人気度bQの篠原万里(女子12番)が立ち上がり、うつむいたまま出ていった。ここに来る前の彼女とは似つかわしくない顔だった。
――次は出木杉が出て行くんだ。のび太はそう考えると、自然に笑みがこぼれていた。ふと気づくと、手が握り拳になっている。
間もなく、そのときはすぐに来た。6時46分になり、出木杉は静香に微笑むと、ガラッと真剣な顔つきになり、小屋を出ていった。
出木杉が出ていった後の、静香ちゃんの顔ときたら。まるで恋人が戦場へ旅立つのを見送った後のような顔。
僕が出て行った後も、そんな顔を、静香ちゃんはしてくれるのだろうか――。
そしてその2分後、一度も話した事のない、仁王と同じ時期に転校してきた銀髪の少女、シャーリー・ララドルフ(女子13番)が出ていった。
そのときのび太は、今年の5月頃に起きたある事件を思い出し始めた。

 彼女は、間宮奈々子(女子19番)らに一時期嫌がらせを受けていた。しかし、それはつまり『イジメ』だったのだ。
しかし、当の彼女はそれに対して何の反応もせず、ただ無視していた。それが間宮らには気に食わなかったらしい。
ある日、誰もいなくなった教室の放課後、間宮グループの浅尾真希(女子1番)が、彼女の前髪をめちゃくちゃに切りきざんでしまった。
切りきざみ終わった直後、彼女は浅尾の胸ぐらをつかみ上げ、思いっきり近くの机に浅尾の背中をたたきつけた。
浅尾は無論のこと絶叫し、救急車で運ばれることになった。浅尾の背骨にはヒビが入っていた。
それ以来、間宮らは彼女に対する嫌がらせをしなくなった――。

 のび太がハッと気づくと、壁にかかっているアナログ時計は、午前6時52分を指していた。
同時に、女子バスケ部のキャプテンだった高木美保(女子14番)が、噂好きの築田洋子(女子15番)に微笑んで、走り足で小屋を出て行った。
 ふと、前を見ると仁王が鉛筆で何かやっているようだった。その眼は、眠そうにも見えるし、熱意がこもっているようにも思えた。
 こちらに気が付いた。のび太は、思わず会釈した。エヘヘ……。仁王は、それを見ると、深呼吸をした。
なぜ? そう考えるよりも先に、仁王が放し掛けて来た。

「ああ、お前も鉛筆持ってるか?」
のび太はきょとん、とした表情になった。そりゃあ持ってるよ、だってこれ本来修学旅行でしたから。いつも忘れ物してる僕だって、持ってるんだからみんな持ってるんじゃない?
「持ってるよ、うん。これだよ、ほら」
のび太持参の鉛筆は、珍しく尖っていてHBのヤツだった。
「どうするの? まさか、こんな時にも勉強なんかするの?」
「そんなわけないだろ、バカかお前は? いや、確かにバカだな、お前は」
「どうせ僕はバカだよ……!」
突然、バカ呼ばわりされたのでのび太はスネた。何だよ、そんな言い方しなくても。
「悪かったよ、ああ。禁止エリアって覚えてるか?」
「うん、良く話は分からなかったけど、そこに入らなけりゃいいんでしょ?」
「ああ、そこまで分かれば上出来だ。いいか、これからどんどん禁止エリアが追加される。ちゃんと、地図を塗りつぶすことだ。そうすりゃ、どこが安全なのか一目瞭然だ。
 実際、さっき尾木が死んだからな。禁止エリアの追加ってわけだ、さっき爆発したのは多分、尾木の禁止エリアだ。F―5。きっちりやっとけよ」
仁王は、自分の地図をのび太に見せた。のび太は、ああなるほど、こりゃあ便利だ。僕も付けようっと――
え?
禁止エリアが追加される?
それって、みんなが死ぬって事?
そりゃあそうだ。コレははっきり覚えている。
『誰か一人が死ぬごとに一つ禁止エリアができる』


「何言ってるの? 出木杉が言ってたじゃないか、みんなで集まろうって! バラバラになったら分からないけど――とにかく、僕達はもう死なないよ!」
「ああ、言ってたな。だが、俺は海の家には行かない。お前はここを出たら、海の家に行くのか?」
のび太は首を横に振って答えた。
「僕は、プレハブ小屋の外で待ってる多目君と一緒に、あばら谷君を探すよ――あ、でもその後なら」
仁王はチラッと壁にかかっているアナログ時計を見て言った。
「時間が無い、とにかくこれだけは言っておく。島を歩くときは、周りに気を配れよ。禁止エリアも、さっき言った通りに記録しとけば、大丈夫だ」
のび太は、一気に混乱の波に、嵐の海に突き落とされたような気分になった。
「――え?どうして? どうして僕達が殺しあうって、考えるの? 僕達はクラスメートなんだよ!」
 のび太は、はっとした。まだ残っているクラスメート達(静香ちゃんは、親友の美代子は驚いた様子でそして間宮奈々子は睨み付けていた、骨川スネ夫は唖然としていた)
は、そろってこちらを見ていた。
「じゃあな、のび太。死なないように気を付けな……他のお友達にも言っとけ」

 そういうと、仁王連次はさっきの高木美保のように足早に小屋のドアを開け、外に出て行った。


また、小屋は静かになった。台風が過ぎ去ったかのように。

のび太は考えた。
静香ちゃんの僕を見た時の目。 何か、怖い物を見るような目つきだった。 僕が、僕じゃなくなるの? ウソだよ、そんな――そんなことって――
怖くて、もう一度スネ夫や静香ちゃんを振り返って見る事ができない。
違う、違う、違う!
あぁ、違うんだ、みんな、僕の話を聞いてよ! 僕はみんなを殺さない。みんなも、もちろん……殺すの?
まさか。そんなバカな事って、あるわけないじゃないか。
仁王の話は、きっとでたらめだよ。うん。アイツ、ひねくれ者だから。転校生だからだよ、僕達の絆なんか知らないんだよ……絆? 絆? 
僕って、友達はあばら谷くんと多目だけだよ? いや、スネ夫だって安雄もはる夫も友達だ。静香ちゃんも、美代子ちゃんも。
なのに――

おかしい。うん、おかしいよ。僕はこんな下らないゲームなんかに参加しないよ!
大体、先生の言う事を聞くこと自体おかしいよ! 

……

 のび太は、急に世界に自分が一人ぼっちだと言う人がいたのを思い出した。
僕は、きっとその一人なんだ。

 そのとき、壁のアナログ時計は6時56分を指し、築田洋子が出て行った。小刻みに震えながら。築田さんは、一体何を考えて出ていったんだろう。
そして、野比のび太は気づいた。

 現在、6時56分55秒を回った。次の58分は、自分の番だと言う事を。

「ど、ど、ど、どうしよう……」

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