第6話 出撃 いきなりの敢行(かんこう)

 全身が大地震にみまわれ、次第に心臓の鼓動の間隔が縮まっていく。
殺風景なプレハブ小屋の中のドアの前に、その少年――野比のび太(男子16番)はいた。
のび太はそこで、いろいろな緊張がほぐれる方法を試していた。
 『人と言う字を手のひらに書いて、それを飲むと緊張がほぐれる』 ――あれ? 人って字『入』だったっけ?
それとも『人』だったっけ? のび太はそんなことを考えていると、時計が6時57分20秒をまわった。
のび太はフウッと深呼吸し、自分にこう言い聞かせた。 ――落ち着け、小屋の前には多目君もいるんだ。
それに、もうこの殺し合いゲームが始まって1時間経つってのに、誰も死んで無いじゃないか。
バカなこと考えないで、さっさと出ようっと―― のび太はゆっくりとドアノブを握った。
「いででっ!」
 のび太はドアノブを握った右手を押さえながら、情けない声をあげてしまった。
そっとドアノブを握ったせいで、ドアノブを握った右手に静電気が走ったのだ。こういうとき、のび太はつくづく自分は不幸だと思う。
のび太が情けない声をあげると、小屋の中に残っていた女子がクスクスと笑い出した。
さらに骨川スネ夫(男子18番)は、
「の〜び太くん! 僕がドアを開けてあげまちょうか?」
と、せせら笑った。スネ夫の表情は、明らかに僕を見下して、笑っている。のび太は顔を紅潮させて振り返ると、静香ちゃんまで笑っていた。
あの、静香ちゃんが。僕の好きな静香ちゃんが、僕を笑っている。今までに、こんなことは何度もあったさ。でも、でも、今度のは許せない。
それに、静香ちゃんだって。小ばかにしたという笑い方じゃない。何か、珍しいものを見るような眼のような感じだった。障害者が、スポーツをして失敗したような感じだ。
たとえは、悪いけど。差別をしてはいけない。 だけど、こんな考え方がもう差別では無いだろうか?
こんなことを考えた。が、その間にも部屋にいた11人全員笑っていた。このゲームが始まる前から既にのび太を差別していた中島鈴香が
笑っていた。あの、普段笑わない間宮奈々子、ガリ勉と呼ばれている葉月勉でさえ、かすかに笑っている。
他の女子達は、みんな静香ちゃんと同じように、のび太に背を向けて笑っている――
そして、のび太をバカにした張本人。あの自慢屋。ジャイアンの次に意地の悪い骨川スネ夫。尖った口を、大げさに動かしている。
――畜生、覚えてろよスネ夫! のび太はやりきれない思いで小屋を飛び出した。

 あんな奴のことなんかほっとこう。そうだ、僕はこんなことしてる暇なんてないんだ。多目君と合流しなくちゃ。多目くんこそ僕の親友だ。
そして、今はいないけど――あばら谷くんも。必ず、見つけ出してあげる。そうだ、怒ってる場合じゃないんだ。怒りは、全てを惑わす。昔の人が、
そんなことを言っていたような気がした。
 のび太はいらつく自分を抑え、多目を探すためにひとまず、小屋の周りを一周することにした。プレハブ小屋とはいえ、造りはしっかりしているようだった。
トタンのセピア色の板が、かすかな朝日を微妙に反射させている。小屋の周りには、背の短い草が生えていた。まるで、家の庭の雑草みたいだな、と
のび太はぼんやりと考えた。ふと気づくと、もう既に小屋を一周していた。随分小さい小屋だったんだな、でも中は案外広そうに見えたけど。
 あれ? でもそれじゃあ多目くんは? 小屋の前に待ってるって言ったはずじゃ――
――そのときだった。のび太の考えを打ち消すような事態が起きたのは。
「ボーン!」
「うわっ!」
突然響いてきた轟音か爆音に、のび太は驚いてすっ転んでしまった。直後、どこからともなくあの『狂人』の声が聞えてきた。
そう、二度と聞きたくないような、あの低い、微妙にハスキーみたいになっている――
その声はまぎれもなく、つい一時間ほど前、のび太ら6年3組に死の宣告を告げた先生栄一郎の声だった。
「今爆発したエリアは、J―2です。ちゃんと地図にメモしておくように! 
 先生は、これからもクラスのお友達が一人死ぬごとに、爆発したエリアの放送をしていきます」
先生の放送が終わると、のび太はまるで突き動かされたかのように、せっせと地図上の『J―2』を塗りつぶし始めた。
 しかし、のび太の手はすぐに止まった。え? 僕は何をしてるんだ? エリアが爆発? 誰かが死んだ?
誰かが誰かを――殺した? のび太の頭が混乱し始めた。
頭の中の混乱の渦の中に、仁王連次(男子15番)の声がよみがえる。
『じゃあな、のび太。死なないように気をつけな……他のお友達にも言っとけ』

 ――気づくとのび太は走り出していた。いつも普段履いている靴が、まるで昔からそこにあったかのように見えた。その靴で、のび太は背の低い草を踏みつけながら。
 早く、早く、多目君と合流しなくちゃ。ただ、それだけを考えて。いや、そう考えなければ、既に気がおかしくなりそうだった。
しかし、のび太の疾走は長くは続かなかった。再びすっ転んでしまったのだ。今度は何かにつまずいて。そう、『何かに』。
のび太は起き上がると、ゆっくりと振り返った。誰だ? こんなところに大きな石なんか置いた奴は。 
でも、普通に考えて、こんな状況に石なんか置く奴は居ないと思うけど。
振り返ったのび太の視界には、大きな石はなかった。ただ、さっきのトタン板に反射していた光を受けている、棒状の何かが突き刺さっている――人間ならあった。
転がっていた。出発直前に死んだ、尾木真絵のように。大きく目を見開いて。噂好きで、とても声が大きく元気だった少女、築田洋子(女子15番)だった。
 のび太はただ、静かにそれを見た。そうか、さっき死んだのは築田さんだったんだ。
築田さんの生前に着ていた、白いブラウスの腹部に棒状の何かが突き刺さり、そこから大量の血が流れていた。真っ赤だった。白いブラウスと、赤い血。
それが、かなりサスペンスなコンストラストを作り出していた。これがもし探偵ものかもしくは、刑事ものだったら、開始15分くらいのところだろう。
こんな可哀相な、女の子を殺したのは誰? 冗談じゃない。これは現実だ。作り話じゃない! いや、何で築田さんは死んでいるのだろう? 一体誰が殺し……。
――気づくとのび太は再び走っていた。ただし、今回は絶叫しながら。
築田さんは僕が出発する2分前に出発したじゃないか。それじゃあ築田さんは出発してすぐに殺されたってことじゃないか!
なら、まだこの辺に築田さんを殺したクラスメートがいるかもしれない。
 そんなことは、散々バカ呼ばわりされてきたのび太でも分かることだった。こんな危ないところで頭が冴えるひょっとすると、案外僕は頭が良いのかもしれない。
あれ? のび太はふと気づき、足を止めた。ざっと、草がパラパラと靴にまとわりついた。多目君はまだこの辺で僕を待ってるんだ! 多目君が危ない!

 でも、なんで多目君は『小屋の前で待ってるからね! 』と言ってたのに、小屋の前にいなかったんだろう? こんなに、考えた事は今までに人生で初めてだ。
そのとき、背後の茂みから何か音が聞えてきた。ガサリ、ガサリ。その音がのび太の耳の鼓膜に届いた時、小屋を出発する前の衝撃が再び走った。
 そして、その衝撃に反応するかのようにのび太はハッと振り返った。
次の瞬間のび太の視界に映ったのは、小さな銀の台座に小さな弓と矢をつけて、そのまま銃の握りを付けたような武器(?)を握った少年だった。
すぐに分かった、のび太にとっては、金にガメツイというイメージしかない――金尾貯(男子6番)だった。 


 「築田を見たな。そうだろう? のび太」
金尾の言葉を聞いて、のび太はへなへなと腰をぬかしてしまった。
どうして、金尾がそこにいるかという事も当然驚きの中に入っていたが、それよりもなぜ、金尾がそんなものを自分に向けているのか、その理由が分からなかった。
そして、すぐにその武器らしきものの台座の上に、白い棒状のようなものが据え付けられていることに気づいた。
そう、これは間違いなく築田さんに刺さっていたものだった。
さらに、金尾はのび太に構うことなく冷淡に話を続けた。
「その様子じゃあビンゴのようだな。全く分かりやすい性格してるぜ。あんなに大声だして逃げてちゃあな」
 え? 金尾はふざけているのだろうか。 何だろう、この口調は。まるでまだ、学級レクが続いているような声は。
まさか、そんなバカなはずはない。確かに、それは武器だけど、だからって築田さんを殺したことにはならない。答えてくれ、金尾。
のび太は口をこわばらせながら、おそるおそる金尾に聞いた。歯もカチカチなっている。
「ち、ち、築田さんを殺したのは――金尾じゃないよね?」
金尾はフッと笑い、言った。
「ああ、それ俺だよ。今俺が手に持ってる、このボウガンでな。 お前も、見たことあるだろう? すげーよ、これ本物だぜ……」
のび太はサッと血の気が引くのを感じた。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。何か変だよ、これは変だ。何が変だって、うん。
だってさ、普通人間を殺した人って、こんなにも落ち着いていられるはずがないよ。うん、これは変だ。
「ウソだよね? こんな時に冗談はやめてよ、出木杉みたいに」
「ウソじゃないさ、今言った通りだよ……」
 このときのび太はまた、何か一旦考えようと必死で勤めようとしたのだが、勝手に口が動いた。本当に、勝手にだ。
「な、な、なんで築田さんを――ころころ、殺したた、の?」
「あいつが俺に近づいてきたんだよ。『あんたこんな所で何やってるの?』とか聞いてきてな。
 多分、俺を殺すつもりだったんだろ」
金尾の即答にのび太は唖然とした。『俺を殺すつもりだったんだろ』 何を言ってるんだこの男は。
築田さんがなんで金尾を殺さなくちゃいけないんだ? そもそも、殺すだって? 虫けらを踏み潰すみたいに? 金尾は、どうして築田さんを殺したのか? 
築田さんは、ただ金尾がどうして海の家に行かないのか、不思議だったんだ。それだけだったんだ。ただ、疑問だったんだ。 それなのに、どうして殺されたの? 
築田さんは、何をしたんだ? 金尾は、どうしてそんなことを思ったんだろう? どうして、殺すつもりだと勘違いしたのだろう。
のび太はまだこわばっている口を必死で動かして、金尾に向かってピシャリと言った。

「そ、そ、そんなのおかしいよ! ち、ち、築田さんはクラスメートだったじゃないか! 
 い、い、今まで一緒に過ごしてきた仲間だったじゃないか! そ、そ、それに――」
それは叫びだった。のび太の叫びだった。のび太は、言い切った後、ぜえぜえはあはあ、と息をした。
 突然、のび太に言葉をさえぎって金尾がお腹をかかえて笑い出した。ボウガンは、しっかり右手に保持したままで。
「ハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハッハハハ……」
 のび太は信じられなかった。ただ、信じられなかった。なぜ笑っているんだ、この男は? 体がものすごく熱い。まだ、朝だと言うのに、もう昼のように熱かった。
僕の言った事に何か間違いがあった? 何か笑う材料にあるものがあった?
ただ、のび太はもう怒りに任せて、さっきよりも大きな声で叫んだ。
「な、何がおかしいんだよ!」
直後、金尾の顔からは一瞬にして笑いが消え失せ、今度はピシャリとこう言った。

「一緒にすごしてきた仲間ねえ〜、お前、築田の何知ってんの?」
のび太は思わず口をつぐんでしまった。
え?
「築田の好きな食べ物は? 趣味は? よく観るテレビ番組は? コンプレックスは?」
金尾の思わぬ質問攻めに、のび太は何一つ答えることが出来ない。金尾はフン、と不敵に笑うとさらに語調を強めて続けた。
「ほらな、仲間なんて所詮口だけなんだよ。そういう奴はな、仲間でもなんでもない。ただの『他人』、だ。 それに、お前のダメな負け犬友達だって、実際何考えているんだか」
 のび太は、金尾の言うことに何も言い返せない自分にいらだった。親友がバカにされているのに。
確かに、僕は何も分からない。築田さんの大切なもの。好きな人。みんなみんな、分からない。 知らないと言うのは、こんなにも恐ろしいとういことだと、初めて知った。
 でも、これだけは自信を持って言える。
多目君と、あばら谷君だけは、知っている。全部知っている。そうだ、うん。言い返さなきゃ。こんなところで、僕は負けられないよ、二人とも。
 のび太は、反論を必死で頭の中で組み立て――
金尾は冷たい笑みを口元に浮かべ、ボウガンを腰がぬけて動けないのび太に向け、言った。
「そろそろおしゃべりタイムは終わりだぜ。大丈夫だ、痛くねえよ。すぐに楽になるからよお!」
金尾は力強くボウガンの引き金を握った。
 すっかり忘れていた。僕はかなり危険な状況にいるということを。そして、金尾が築田さんを信じずに殺してしまったと言う事を。
そして――金尾がその手にもっている武器で、築田さんと同様、僕を後数十秒くらいで撃ち殺そうとしていることを。
のび太の眼が、大きく見開かれた。

まずい、これはまずいよ、とても。


【残り40人】


第7話 撃発音 浮き上がる不信

 金尾貯(男子6番)は、買い物をしたときのお会計は必ず一度は暗算する。おつりで一円も損したくないからだ。彼がこうなったのには理由がある――。


 俺は他愛も無い馴れ合いが嫌いだ。よく教室の隅で、誰々が誰々を好きだとかそう言う下らない話を、『口先だけの友達』によく話している奴を思い出す。
声がデカいだけの女、築田洋子(女子15番)。奴は昔からそうだった。俺は小学校3年の頃からずっと奴と同じクラスだった。
奴が話しているのを聞いている連中は毎日違かった。しかもその連中のリアクションは、『マジで!?』とか、『超キモ〜イ!』など大体決まっていた。
こんなやりとりをしているだけの奴らは『友達』とは呼べないだろう、普通に考えて。――くそ、奴らを考えたら、昔の自分を思い出しちまった。


 これは俺が、小学4年生だった頃の話だ。俺はもともと友達は少ない方だった。けど、いるにはいた。そいつの名前は三条優希。
クラスの中心的人物でもなく、大人しくも無い奴だった。ただ、俺とは何かと話が合った。ある日のことだった。
「金尾。野島のヤロウよ、むかつかねえか?」
三条は野島がうっとおしそうに、そう言った。
野島といえばクラスのムードメーカーみたいな奴で、いつもふと飛ばすギャグで男子から圧倒的な人気を集めていた。
まあ、女子からもほんの少し人気はあったが、時折飛ばすギャグには下ネタも入っていたから、一部の女子にしか人気がなかった。
だから、三条のそのセリフを聞いたときは本当に驚いた。
「そうか? 俺は別に――」
俺がそう言いかけたとき、三条は何も言わず席を立って教室を出ていってしまった。その後はよく覚えていない。
少なくともこの後、三条とは一度も喋らなかった。そして次の日。俺は三条が怒っていると思って、とりあえず謝ることにした。
俺はひとつ大きな深呼吸をし、無表情のまま席に座っている三条に話しかけた。
「昨日は――ごめん、怒っている理由を教えてくれないか?」
「野島を俺と一緒にいじめるってんなら、許してやってもいいぜ」
三条のふざけた返事に、俺は激怒した。まだてめえはそんなこと言ってんのか? そんなにやりたきゃてめえだけでやってろ。
気づくと俺は三条の胸倉を握っていた。三条はというと、俺に向けて憎たらしい笑みを浮かべていた。
俺はその三条の笑みに向けて、体重の乗ったパンチを放っていた。


 ――いじめなんてクソくらえだ。俺には中学生の兄貴がいた。勉強がものすごくできた兄貴だった。
でも、休日は塾の合間に俺とキャッチボールをやったり、バッティングセンターに連れてってくれた。
無愛想な俺に不釣り合いな兄貴だった。――しかし、ある日の休日のことだ。俺はいつもより遅く、午前10時頃に起きた。
俺の家であるマンションの下が騒がしかった。
俺は部屋を出てリビングに来ると、いつものようにテーブルの上にカップラーメンが置いてあった。
両親は共働きで多忙の為、ほとんど食卓で家族全員が集うことなんてなかった。
だがこの日は、カップラーメンの側に真っ白な封筒が置かれていた。
今までにカップラーメンの他に、このテーブルの上に何かが置かれている事があっただろうか。俺はその封筒を手にとって見た。
『遺書 ダメな兄貴より』その封筒の表には小さな文字でそう書いてあった。気づくと俺はベランダを飛び出していた。
ここは6階だ。嘘だ。冗談キツイぜ兄貴。そんなまさか――、俺はベランダから下を見下ろした。
野次馬が騒いでいるその中央に、いた。兄貴が。頭部から大量の血がこんこんとわき出ていた。俺はその場をしばらく動けなかった。
 兄貴の葬式で、母さんが兄貴が残した遺書を読んだ。
『俺は中学に入ってから、大きないじめグループからいじめを受けていたクラスメートをかばったことをきっかけに、俺はそのグループからいじめを受けてきました。
 俺はもう耐えられません。父さん、母さん、今まで俺を育ててきてくれてありがとう。そして貯、お前の時々見せてくれた笑顔は俺の元気の源だった。
 父さんと母さんに迷惑かけるなよ。それじゃあな』


 俺はひたすら三条を殴り続けた。数分後、俺のクラスの担任と数人の教師が俺を止めに入った。
そしてさらにその数分後、俺は校長室に連れて行かれ、校長から1時間に及ぶ説教を聞かされる事になった。
――それから俺は奴、三条とは一度も口をきかぬまま、クラスが離れた。もう友達なんて――いらない。唯一いる物といえば――金だ。世の中は金が全てだ。
愛はお金で買えない、なんて嘘だ。何故なら、俺は金で他人から愛情を買い、現在に至るのだから。


 三条の事件から1年後、俺は小学5年生になっていた。ちょうどその頃だ、俺の家族が消えたのは。突然の事だった。ある大企業で働いていた父さんがクビになった。
正社員の大量削減に飲み込まれたのだった。父さんはヒラ社員だったから、仕方がなかったのかもしれない。使えないヒラを働かせるよりも、使える派遣社員を働かせる。
まったく、会社って怖いぜ。大人になるのが嫌になってくる。ピーターパンにネバーランドに連れてって欲しいくらいだ。
話はそれたが、会社をクビになった父さんはその日の翌日、消息をたってしまった。ネバーランドにでも行ったのだろうか。マンションのローンを抱えたままの家族を残して。
さらにその日の翌日、母さんが死んだ。兄貴と同じ場所で、飛び降り死体として見つかった。莫大な資産、1000万を残して――だ。
1000万円が入ったトランクが俺の部屋の机の上に置いてあった。そして、トランクの上の書き置き。 『このトランクを持って、親戚の家々をまわりなさい。
必ず誰かがひきとってくれるから』 そしてその書きおきの裏には、親戚の住所がびっしりと書いてあった。
俺はその日の翌日、書きおき通りに親戚の家を一軒ずつまわることにした。1番近い所に住んでる親戚は、失踪した父さんの妹だ。
4年ほど前に、高校からずっと付き合っていた同級生と恋愛結婚したらしい。
当時の俺はまだ小学1年生だったからよく覚えていないが、俺はもういなくなった家族と結婚式に出席したそうだ。それはともかく、その妹の家は隣町にあった。
2階建ての赤い屋根の家。表札には『相田』とあった。俺は書き置きの裏の住所リストを見て確かめた。ここだ。俺はゆっくりと表札の下にあるチャイムを押した。
「ピンポーン」
「どなた〜?」
チャイムと同時に女性の声が聞えてきた。俺はすぐにこいつが妹だ、と確信した。ドアを開けた女性は俺を見て、首をかしげると言った。
「ボク誰? 何か用かな?」
おいおい、俺は一応150cm超えた小学5年生だぞ。外見的に『ボク』はねえだろ。俺は目の前の女性にそうツッコミながらも言った。
「俺、金尾貯です。あなたのお兄さんの子供です。今俺、父さんも母さんもいないんです。突然で図々しいかもしれませんが、しばらくの間俺をこの家に居させてください」
目の前の女性は、あまりに突然のことでびっくりしたようだった。まあ、驚かない奴はいないと思うが。女性は困った顔で言った。
「う〜ん私子供はいないけど、主人が安月給だからボクを養えるかどうか……、だから――ごめんね」
俺は書き置きの表に書いてあることを思い出した。次の瞬間俺は、家に入ろうとした女性に、開けたトランクを突き出していた。一瞬、女性の喉がうなったように見えた。
そして、俺はさらりと言った。
「お金なら心配ありません」
女性は少しの間(と言ってもほんの3秒だったが)考えて、俺に満面の笑みでこう言った。
「今日ぐらいは泊めてあげてもいいわよ。でも、今晩主人と考えさせてね」
「ありがとうございます!」
俺はそう言って頭を下げた。おいおい、さっきまでの困り顔はどこへ行ったんだよ。俺は再び心の中で目の前の女性にツッこんだ。結局俺は、しばらくこの家に住める事になった。


 ――この日以来俺は、ずっと金だけを信じてきた。人なんか信じられねえ、金は俺を裏切らない。例え、どんなことがあっても――。


 「ガウンッ!」
このゲームが始まってから、最初の銃声が島中に鳴り響いた。恐怖で顔が歪んだ野比のび太(男子16番)の前で、ボウガンを握った、つい三秒ほど前に立っていた金尾貯がゆっくりと、うつ伏せに倒れた。
直後、のび太はありったけの声で絶叫していた。銃の音。 まるで、いつかドラえもんとゲームしているときにやったゲームの攻撃音と同じ音。
「ボーン!」
築田のときと同じ爆音がまた、のび太の耳に聞えた。恐ろしかった。ただただ恐ろしかった。さっきの自分の死への恐怖が、今度は他の人間に移り変わった。
「今爆発したエリアは、B―6です」
同時に先生(別の名を死神)の放送が流れた。のび太はすかさず地図を取り出し、地図のB―6を塗りつぶし始めた。 ――塗りつぶして、ようやく気づいた。
死んだのは、今まさに自分を殺そうとした金尾だ。金尾の背中を見れば一目瞭然だ。心臓の辺りに小さな穴が空き、そこから血がわいて出てきている。
死んだ。 築田さんを殺して、僕も殺そうとした金尾貯が。
 さっきの銃声と金尾の遺体に空いている穴――。思い浮かんだ事はただ一つだった。金尾を殺した奴は、今まさに近くにいる。銃を支給されたクラスメートがすぐそこに――。

次の瞬間のび太の視界に映ったのは、あの、全てが謎に包まれた銀髪の少女、シャーリー・ララドルフ(女子13番)だった。彼女の手には銃が握られていた。
金尾のだったものが握り締めている、ボウガンとはまた違った。確かに大きさは同じだが、矢は無かった。
本物の銃。警察官が、刑事ドラマとかでバンバン撃つ奴。
のび太は自分の不幸さを嘆いた。なんで、なんでみんな僕ばかり殺そうとするんだよ。僕がみんなに何をしたって言うんだよ。
シャーリーは刑事ドラマに出てきそうな銃を握りながら、のび太のすぐ横を通り抜けた。そして、その辺に転がっていたらしい金尾のセカンドバッグを探り始めた。
白い手が、食料のカンパンを一つ一つ外に出していく。
まるでのび太が見えない、というような感じで。 目が悪いのだろうか。でも、そんな話聞いた事は無い。 
 僕を殺さないの? 殺す? その拳銃みたいなので? のび太はそう疑問に思ったが、シャーリーにその疑問は聞かないでおくことにし、おそるおそる別の事を聞くことにした。
「シャ、シャ、シャーリーさん、な、な、なんで金尾を――」
「――死にたかったのか?」
シャーリーの無愛想な日本語の即答にのび太は口をつぐんでしまった。
シャーリー・ララドルフは相変わらず荷物を探っている。 元・金尾の荷物なんか、これから役に立つのだろうか。
そうだ。理由はどうであれ、僕は助かったんだ。金尾に殺されずにすんだんだ。これも全て目の前の彼女のおかげで。
でも、金尾は死んだことには変わり無い。間違いなく、禁止エリアもできた。今まで一緒に過ごしてきたクラスメートの一人が、死んだ。 
『じゃあな、のび太。死なないように気をつけな……他のお友達にも言っとけ』

仁王の言ってたことが、当たってしまった。起こってしまった。信じられないことが、本当に――。
 ウソだろうと思ってた。いつかの映画のようなことは、既にもう起こってしまっている。多分、殺した人は犯罪者に、死ぬ人は、残された人達を悲しませる。
いや、そもそもそれこそがこのゲームの目的じゃないのかな。 だとしたら、先生は? あの先生はどこに行ってしまったのだろう。
「シャーリーさんさ、先生見なかった?」
「見ていない」
 シャーリーは、既に金尾のセカンドバックをパタパタと叩いていた。どこかにまた――行こうとしている。
急ごう。急がなくちゃ。とりあえず、僕の知らないことを全部、この目の前にいる、救世主に聞かなくちゃ。
そして、さらに目の前の救世主に疑問を投げかけることにした。
「シャーリーさんは、南の海の家には行かないの?」
「お前こそ何故ここにいる?」
シャーリーはまたも無愛想な日本語で聞き返した。さっきから思っていたが、随分日本語が上手だなあと。バイリンガルとか言ったっけ? おおっと、こんなこと考えてる場合じゃない。
のび太は、こっちが聞いてるのにその返事はないだろう、とさらに考えながらも答えた。
「僕は多目君と一緒にあばら谷君を探してから行くんだ。シャーリーさんはなんで行かないの?」

このとき、さっきまでロボットのように無表情だったシャーリー・ララドルフの顔が、急に青くなった。そして――、答えた。

「嫌な予感がする」
シャーリーは意味深にそう言った。さっきからのび太はシャーリーの言った意味が分からなかった。嫌な予感――だって? シャーリーは、金尾の荷物(遺品だ、あぁ)を全て自分のセカンドバッグに詰め終わると、言った。
「出木杉は北の方に歩いて行った」
「――え?」
のび太は、それだけ言うと言葉を失った。シャーリーは、のび太のすぐ横を通り抜けて、うっそうとした森の中へと消えて行った。
このとき、のび太は考えた。シャーリーに尾いて行けば良かったという事よりも、出木杉英才(男子13番)のことを考えるだけで精一杯だった。もう、このゲームが始まって何度考えただろう。

出木杉が北へ? おいおい、どういうことだよ学級委員長。 方向オンチなのかい、委員長? まさか、僕じゃないんだから。 それに、このセカンドバックの中には、コンパスがある。
のび太は、理科の授業を思い出した。 ――この針の、赤い部分がN、つまり北って事です―― 南は、その反対の針。Sと刻まれていて。
 とっさに、のび太は地図を見た。塗りつぶしてある3つの禁止エリアが目だった。 北には、農協とか湖とかいろいろ。
しかし無論、北の方向には集合場所の海の家は無い。
『ここを出たら、みんな南の海の家に向かって欲しいんだ』 出木杉の言葉がのび太の頭に蘇える。
なんだ? 南の海の家で一体何が起こるっていうんだ?
このゲームは本当に仁王の言葉どおりに進むのか?
そして、出木杉英才は、一体全体何を考えているのだろう。


 後ろには、かつて金しか信じるもののなかった金尾貯の死体が、急速に冷たくなっていた。その手にしっかり握られたボウガンは、無機質に朝の光に照らされていた。



【残り39人】


第8話 愛を止めないで サイボーグ起動

 鳥が鳴いている。こんな、小さな島にも鳥はいるのか。
ここは、島の中央よりやや東よりに位置した、ミカン畑だった。エリアで言うと、E−8辺りだろうか。しかし、ミカンは既に収穫されていた(そもそも、誰が収穫したのか?)。その木の上で、鳥が鳴いていた。――緑色の鳥。
出木杉英才(男子13番)は、妙に落ち着いた表情で最初に支給されたセカンドバックの中身を探っていた。こんな感じは、初めてだ。妙に高揚した感じ。それでいて、心の中が北極のように冷え切っている。
だが、かなりイライラしている。落ち着いているのだが、この何かスカッとした気分になりたい。もやもやは、なんなのだろうか?このモヤモヤは?
 ――にやり、と笑った。 突然、あの愚鈍な教師にこのゲームを宣告されたとき、これはチャンスだと思った。チャンス、チャンス。
まあ、あの何の能も無い臆病者の教師が、自ら進んで直接僕を殺そうとしないというなら、好都合だ。これに参加して、戦う。いや、正確には――
とりあえず、目的をはっきりさせよう。一つ、僕の天才的な力を存分にあの凡人共に見せ付ける。二つ、基本的に僕と静香ちゃん以外全員殺す。そして最後に。
 主催者の先生栄一郎を殺して、この島から脱出する。別に何もせずに、静香ちゃんと一緒に脱出してもいいんだけど、それじゃつまらない。
この『ゲーム』を観戦するのもいいけど、それでもつまらない。第一線で、戦う。でも、それも危険すぎる。静香ちゃんはどうするんだ? 現実的に考えるんだよ、こういうのは。
 もっと、安全に、確実に、全員殺す。こういうのは、世間で虐殺やら殺戮やら言うのだろう。でも、こいつらは生きていて、何の意味があるのだろう? ……この世は、選んでこそ意味があるのだ。
不良、バカ、根暗、いじめっ子、仮面を被った男、女。このゲームで、全てを伝えよう。僕のゲームで。勝ち組みは生き残り、負け組みは死ぬ。

 出木杉英才は、自ら「みんな8時までに集合」と言っていたが、彼はその時間までに行こうとは思わなかった。その時が来るのを、待つ。6年3組の学級委員長は、ゆっくりとセカンドバックを持って、立ち上がろうとした。
その時だった。――妙な違和感を感じた。 誰かに見られている、すぐに分かった。でも、誰が? おかしい。確か、ほとんどの奴らは南の海の家に向かったはずだが――
出木杉英才は、ばっと後ろを向いた。そこには、草が生えており、木が生えていた。しかし、人間はいなかった。 気のせいか? この僕の勘が、今までに外れたことがあっただろうか?
そうだ、一ヶ月の間の天気は晴れか雨か曇りかを、小学二年生の時に見事に当てて見せた。目隠しをして、五年生の時の学級レクの時のスイカも、外さないで見事に割って見せた(ああ、静香ちゃんのあの時の顔は、何て素敵なんだろう)。
 誰か居る。居るんだ、信じろ、自分を。 しょうがない、誰か分からないがあの廃棄不可物よりも先に、死んでもらおう。 いや、先にというのはおかしい。ちらっと、手首に巻き付いている時計を見た。
現在7時13分までに、既に尾木真絵(元・女子5番)を除くと2人が死んでいる。続けて。だとすると、僕と同じ事をしようとしている奴が居る。もしかしたら、そいつなのだろうか。
ザッザッ!
何かが近づいて来ている。誰でもいい。どうせ、死ぬんだから、後1分ほどで。そう考えると、出木杉英才は、セカンドバックに左手を突っ込み、武器を出そうとした。

「出木杉さん!」

何か、どこかで聞いた事のある声が聞こえた。あの高い声。間違いない。かつて6年3組の、学級副委員長に立候補したが、あっさりと投票で源静香に負けて、やむなく書記になったが、『ガンバリマス!」と目を輝かせていた女。
小山文(女子11番)だ。
走ってくる。こっちに走ってくる。 ずんぐりむっくりな女が、無礼にも。
あの、不自然にも程があるメガネ。メガネの縁が、銀縁にも金縁にも見える、あの目がチカチカする鬱陶しい奴。
 しかし、彼は彼女をすぐに殺そうとは思わなかった。ただ、こう考えていた。 『バカとハサミは使いよう』、と――

「おはよう、小山さん。でも、どうしてこんなところに?」
 出木杉はなるべく、爽やかな笑顔をつくった。こんなこと、なんてことない。いつも、教室でやってきたことだ。 みなさん、おはようございます。
「もう、それはこっちのセリフよ、出木杉さん! でも、本当にどうしてこんなこところに――」
「ちょっと、用があってね」
「用?」
「うん、用だよ。 小山さん、理由は聞かないでちょっと頼まれてくれないかい?」
小山は、出木杉に会った時から、既に目はランランと輝いていたのだが、その瞳の輝きは、一層増していた。 出木杉さん、一体私に何を頼むの? 私、何でもやります。
そうだ、うん、何でもするんだな、小山さん?

「……小山さん。実はこのゲームには、やる気になっている人――つまり、みんなを殺そうとしている人が居る事に、僕は気づいてしまったんだ」
「……ウソ? 冗談でしょ、出木杉さんったら! もう、面白い人!」
「ウソじゃないよ、小山さん……これは本当のことなんだよ、小山さん」
 小山文は、すっとあの輝いていた瞳がすっと細まった。暗かった、暗くなっていたのだ。
「だから、僕は――その人達を止めたい。 ……殺してでも」
 小山は、その出木杉の目がとても思いつめたように見えたのかもしれない、哀れにも。そう、本当に彼女は哀れだったのだ。
かわいそうな出木杉さん――ああ、そうよ、心配しなくてもいいわ、貴方が強がってるって分かってるから。私、うん。あのいつも金魚のふんみたいにくっついている女よりも、わたしは、必要な存在。
「出木杉さん、確かに貴方は見たの……? このゲームは、出木杉さんも錯乱させるようなものだから、幻覚じゃないの? 」
「幻覚なんかじゃないんだ」
出木杉は、まさに迫真の演技で、文に迫った。さっきよりも、顔を少しだけ近くして。
「僕は見たんだ。あの時、うん。築田さんが死んだとき、見たんだ。 ジャイアンくん――剛田武(男子8番)くんが、築田さんを殺しているところを」
 出木杉は、ちらっと小山の表情を伺った。小山は、ただ口を開いて、目を閉じていた。 何だ?人の話をちゃんと聞いてるのか? まさか、立ちながら眠ってるんじゃないだろうな。
だが、小山は出木杉の視線に気づき、目をパチパチと開いた。そして、視線を恥ずかしそうに外した。
「もう、出木杉さんったら、あんまり見ないでよ!」
そうは言っているものの、顔は明らかに嬉しそうにグフフ、と小さく笑っている。何だ?少女漫画みたいなシーンだと、妄想でもしているのだろうか? だとすると、僕はこの地球外生命体の相手ってわけか。 はっきり言おう。何のコントなのだろうか? 
悪い冗談にも、程がある。昔の、度をわきまえて居ないお笑い番組なのか、この光景は?
 小山は、何か思いついたような顔をした。今度は何を言い出すのか、このETが。
「築田さん? 築田洋子さん? あの面白い人?」
十分、お前の方が面白いよ。 特に、人間とは思えない顔なんか。
「うん、そうだよ、僕は築田さんを見捨てて、逃げたんだ。関わるのが怖かった。死ぬのが怖くて、クラスメートを見殺しにしたんだよ。 学級委員長として、失格だよ、僕は」
 出木杉は、ザッと音を立てて草の上に崩れ落ちた。ゆっくりと、両手を地面について。そして、足は両ひざをつけて。

「……ううん、いいわ、私。築田さんには気の毒だけど、私は出木杉さんに生きてて欲しかったの」
 ビショッと、出木杉の上から、大量の雨が――ではなく、小山の小さな涙が落ちてきた。 泣いていた。小山文が。あの金か銀かわからない縁のメガネをかけたまま。
こういうとき、男は女の涙に弱いというが、出木杉英才は恐ろしい程冷酷だった。

『さんざん使うだけ使って、殺す』

この方針を、変えることなど全く頭の中には思いつかなかったのであった。コイツは道具。今、目の前に『いる』のではなく『ある』のは、このゲームを制するのに必要な道具なのである。まあ、必要と言う点では必要なのかもしれないが。
出木杉は、落胆(したふり)の顔をあげた。上には、小山が見下ろしている。 その上の、昇ってきた太陽が眩しかった。
「小山さん、こんな僕でも、許してくれるの? 人を見殺しにした、男でも? 僕は、ひょっとすると人を殺すかもしれないんだよ? そう、君だって殺すかもしれない」
出木杉はこのとき、ちらっと時計を見た。 7時15分。あと一分で、静香ちゃんがあの薄汚い小屋から解放される。
「いいわ、出木杉さん。私、貴方に殺されてもいいわ」
小山は、覚悟に満ちた顔をしていた。鼻を精一杯膨らませて。完全にお笑いだ。あぁ、こんな所にいなかったら、きっとお前はデブス芸人あるいはタレントになれたかもね。 そう、ここにさえいなければ。
「ありがとう、小山さん」

 小山文の体に、暖かい心地が伝わった。元々多汗症で、Tシャツは既にグッショリ濡れていた。その上から、出木杉英才の体が、覆いかぶさっていた。
自分は抱きしめられている、と気づいた。こんなこと、人生で一度も無かった。ずっと、漫画の中の世界だと思ってた。でも、違う。これは、現実だ。 でも神様、できるだけもうちょっと安全でロマンチックな所でも良かったのに。
彼の頭は向こう側にある。どうせなら、今ここでキスだって――
 小山文の願望は、またも叶えられた。 自分の唇と、出木杉英才の唇が合わさっている。暖かい。キス。これが私のファースト・キス。小山は、もう天にも上る心地だった。いや、このまま宇宙にまで行けそうな気がした。
神様、これが愛というものなんですね。
 しばらくして、出木杉が、唇を離した。顔は、とても赤らんでいる。
「ご、ごめんなさい、つい――気を悪くしたなら、ごめんなさい」
「ううん、違うわ。 ありがとう、出木杉さん」
 出木杉は、今すぐにでもこの、自分の唇を切除したかった。燃やしたかった。燃やすゴミに出したかった。演技とはいえ、吐きそうだ。ここまでしたんだから、役に立てよ、地球外生命体。
「あの、さ、小山さん。今すぐここから離れて、うん、そのシャーリーくんを探してくれないかな?」
 小山の頭の中に、シャーリーという女子が浮かんだ。女子13番、あの6年の最初、全く同じく無愛想な仁王連次(男子16番)と一緒に転校してきた女。 確か、何を話しても喋らないから、間宮さんのグループに虐められてたらしいけど。
「あの子に、何の用があるの?」
「いや、見つけたら、後を尾けてくれるだけでいいんだ。尾行ね」
「まあいいけど――私のお願いも、聞いてくれないかしら?」
 何だよ豚が。 お前、言語がまともに喋れるのか?

「もし、このゲームから脱出したら――静香さん、副委員長の源静香(女子20番)さんを書記にしてくれないかしら?」

 出木杉英才の神経が震えた。それまで、全く動かなかった神経細胞が、やっと動いたような気がした。
「それって、君を副委員長にするってこと?」
「ええ。 だって、出木杉さんは、私の事をたまに君って呼んでくれるけど、静香さんのことは、静香くんとしか呼ばないじゃない……。愛のキスで結ばれた私の方が、断然他人の源静香よりも適任だと思うの」
 何だ? 何を言ってるんだ、この女は? ワガママ。そう言うレベルじゃない。明らかに、静香を侮辱している。自分が上だと、自分が上の位置にあると、誤信している。
 チチッと、鳥が鳴いた。 上にいた、鳥が。緑色の鳥が鳴いた。
「きゃあ、かわいい」
小山は、相変わらず金だか銀だか分からない縁のメガネをつけて、鳥たちをじっと見ている。
ただし、出木杉英才は、もう完全に勝手が違っていた。
「出木杉さん……? どうしたの、急に怖い顔して」
小山は、まるで天然系の女の子と言った感じで、出木杉英才を見ていた。 いかにも、何も知らないといった感じで。

「きみさあ」
「なあに、出木杉さん?」
「さっき言ったよね、『君だって殺すかもしれない』って」
 小山の表情が、ほんの少し不安な色になった。 何を言いたいのかしら? 私、何か怒らせるようなこと言ったかしら、と。
「ええ、言ったわ。でも、あれは出木杉さんを励まそうと思って――」
「断言するよ、今。僕は、あと十五秒以内に君を殺すよ」

え? 何言ってるの、突然? 出木杉さん、全く冗談が好きなんだから。なんでもできて、しかも私とも気が合うのよ? そうか、これは冗談なのね。私ったら考えすぎよ、こんなことに関してはニブチンだんだから、全く。
「出木杉さん、だったら私も貴方を殺すわ♪」
「ああ、望むところだよ。交渉成立だね」
そういうと、くるっと出木杉は小山に背を向けると、セカンドバックをごそごそと探り始めた。
小山は考えた、出木杉は、次はどんなことをしてくれるのかと。 強いて言えば、出木杉が次の瞬間与えたものと言えば――、鉛弾の集中豪雨だろうか。ただし、こちらは天災ではなく、人災である。


 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ、ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ。


 約七秒、このまるでパソコンのキーボードをタッチタイピングしているような時の音が続いた。この音とともに、約七秒の間、小山文は踊っていた。赤い噴水のように体のあちこちから血が吹き出、メガネも、あっという間に細かい穴だらけになり、すぐにこっぱ微塵になった。
そして、八秒目にぐちゃっと音を立てて、仰向けに倒れて踊るのをやめた。かつて、射撃者の出木杉英才と口付けを交わした唇は道端に落ちているビニール袋のようにくしゃくしゃに丸まっていた。眼球は、左右とも綺麗に割れ、目玉焼きのとろとろ白身のように流れ出していた。
まるきり、ホラー映画に出てきそうな凄まじさだった。出木杉英才は、既に世界のいろいろなことを知りつくしていると思っていたが、違った。 これは、見た事が無い。
人間の死体。
死後硬直のように、ビクンビクンと顎がものすごくけいれんしている。が、すぐにおさまった。
 まあ、でもたいして見るものじゃないな、と出木杉はすぐに目を背けた。そして改めて、この武器を触ってみた。本物だ、この銃は。かなり重く、撃鉄も付いており、なにより、本物の銃弾が入っている。これは、どうやら普通の拳銃ではなく、マシンガンよりは少し小さい、サブマシンガンのようだった。
最初に見た時は、一瞬特大のチョコレートかと思わせたが、ちゃんと一緒に9mmと記された弾倉の入った紙箱も10あった。ご丁寧に、説明書までついていた。しかし、出木杉英才はそんなもの読まなくてもある程度のことは分かった(分からないのは、銃の保持の仕方だけだった)。

「ボーン!」

急な爆発音。出木杉は不覚にも、驚いてしまった。しかし、これは放送の合図だった。このゲームを進行させるための。
「え〜、今禁止エリアになったのは、I―9だ! くれぐれも立ち入らないように〜」
あの教師の放送だ。言う通りに従うのはしゃくだが、仕方が無いか。このゲームを強制終了させるまでの辛抱だ。 そう考えると、出木杉英才は、鉛筆と、地図を取り出し――

そのときだった。がさっと――やはり、誰か居る。 出木杉英才は、全身に何かが通り抜けるような錯覚に襲われた。 誰か、いる。間違いなくいる。
ということは――ちらっと、眼下のつい数分前まで小山だったものを見て――思った。 見ていたのだ。僕が、この女を撃ち殺した事を。
 この光景が知れ渡れば、全員海の家から脱走するだろう。そして、間違いなく僕を攻撃してくるはずだ。 まずい、それだけは避けねばならない事態だ。 とりあえず、ここは――
殺るしかない。
鳥はもういない。さっきの撃発音で、どこかへ飛び去ってしまった。一斉にくもの子を散らす様に。一羽くらい撃ち落とそうかとも思ったが、やめた。弾は、無駄にしたくない。ゴミ共の掃除にも、愚鈍教師の始末にも使うだろう。
その銃を、ぎゅっと左手で握り締めた。 そして、腕時計をちらっと再び見る。7時20分。まずい、もう静香ちゃんはここに向かっている!
 これ以上撃つには、リスクがかなり大きい。多分、この銃声は既にこの島中に響き渡っているだろう。
銃声――といえば、ミカン畑に着く前に、一度だけあった。一発だが、本当に。かすかに聴こえた。 恐らく、誰かがいるのは間違いないだろう。
じりじりと、近づく。少しずつ、少しずつ。
後一歩、後一歩踏めば……撃つ。 ただし、さっきよりは短い時間で撃つ。3秒。3秒撃ったら、止める。これしかない。
出木杉は、全身汗だくだ。恐らく、生前の小山文よりもかいているだろう。 しかし、彼は天災の人災であり、天才でもあった。 凡人なんかとは、比べられたくなかったのだ。
 殺す。殺す。殺す。撃つ。撃つ。撃つ。 3秒。3秒。3秒。 引き金、引き金、引き金。

「撃たないで!」

 女子の声。静香ちゃんじゃない。じゃあ、もしかすると、この草の茂みにいるのか? だが、この声は聞き覚えがある。当然だ。 この島には、6年3組の生徒と愚鈍教師しかいないのだから。だとしたら、一体誰だ?
『ガサッ』
出てきた。あっさりと出てきた。草木が、パキパキと折れていく。出木杉英才は、目を小さくすぼめた。
「君は……」

【残り38人】


第9話 愛の襲撃 救いの介抱

 私がまだ幼い6歳の頃だ。ある日私は、幼児向けの絵本を読む為、一人で近所の図書館にいた。
私が『ボーリーを探せ』という本に夢中になっていると、物凄い轟音が耳の鼓膜に響いた。途端に、静かだった図書館内がざわつき始めた。何? 何の音? 
私はそう疑問に思い、向こうの景色が見えるガラス張りの壁にはりついた。直後、私の視界に入ってきたのは、もくもくと高く空に昇っていく灰色の煙。
その煙は、自分の家の方面からわいていた。――気づくと私は図書館を飛び出し、父と母の待つ家へと走り出していた。父さん、母さん、大丈夫よね? まさか、まさか――。
そのまさかだった。粉々に押しつぶされた家(それはもう家ではなかったのだが)。粉々に押しつぶされた家に、星条旗の戦闘機が突き刺さっていた。
その上に、灰色の煙が積乱雲のごとく、高く昇っていた。私はただ、父さん! 母さん! と叫び続けていた。
「この事故で亡くなったのは、シャノン・ララドルフさん、リリアン・ララドルフさんです。
 事故現場の近くの基地から離陸した戦闘機のエンジンにトラブルが発生し、緊急着陸地を離陸した基地に選んでUターンしたところ、焦りからきた操縦ミスで亡くなった2人の
 住んでいた民家に墜落したとのことです」
私はテレビ画面に映っているニュースキャスターの話をじっくりと聞いていた。――ふと涙がわいてきた。厳しかった父さん、優しかった母さんはもうこの世にはいない。
悲しかった。――それ以上に悔しかった。父さんと母さんを消したパイロットは重体のまま病院に運ばれていった。
何故、何故父さんと母さんだけが死に、父さんと母さんを殺したパイロットが生きているのだろう? おかしい、おかしい、こんなの――おかしい。
――気づくと私の涙は止まっていた。泣いている場合じゃない。殺さなきゃ。私の大切な両親を奪った、にっくきパイロットを――。

 私はあの事故の後、孤児院に入った。月日は流れ、私は10歳になっていた。ちょうどその頃だろうか、学校へ行かなくなったのは。
学校では、学年が進級するにつれてグループをつくって学ぶという授業が増えていった。――でもそれは私にとってうっとおしいことだった。
そもそも人と関わるのが嫌で嫌でたまらなかった。父さんと母さんが死んで、ずっと一人だったから一人でいるのが慣れてしまったせいかもしれない。
私がいつものように通っている学校――ではなく、孤児院の近くの射撃場から帰ってくると、広場の掲示板の大きな張り紙に目が止まった。
『米軍予備軍募集 対象:10〜15歳くらいまでの少年少女』 星条旗の戦闘機。粉々に押しつぶされた家。葬式のときも見られなかった両親の遺体。
重体から生還した――憎きパイロット。あの日の惨事が鮮明に蘇ってくる。私は頭の中で惨事のスライドを流しながら、孤児院の院長の下へと走って――院長の下にたどり着いた。
「ど、どうしたんだねシャーリー、そんなに息をきらして」
院長は長く白いひげを揺らしながら、私の様子に驚いたように言った。私は息をきらしながら言った。
「私、ハアハア、予備軍に、ハアハア、入りたいんです」

 それからしばらく経って――私は米軍予備軍にいた。
二度と軍に関わりたくなかった私が、予備軍に入隊したのには理由がある。予備軍でナンバー1になって、米軍に入隊し、憎き空軍のパイロットを探し出し、殺す。
――そう、世間ではそれを“復讐”という。1年も経つと私は、予備軍ナンバー1のスナイパーと呼ばれていた。――そんなある日のことだった。
軍舎の食堂で夕食をとりながら、ラジオで夕方のニュースを聞いていた。
「次のニュースです。今日午後四時半頃、基地の近くの横断歩道で、信号無視をして渡った通行人が、走ってきたダンプカーにはねられる事故がありました。
 亡くなったのは さんで、 さんは5年前に戦闘機事故を起こし、2年前に服役を終え、空軍に復帰した矢先のことでした」
私はしばらくその場を動けなかった。両親を殺したパイロットが――死んだ。パイロットが死んだ今、もう予備軍にいる意味はなかった。
その日の翌日、私は予備軍を辞め、孤児院に帰ってきた。私が帰ってきた直後、院長が私の元に走ってきた。
「シャ、シャーリー! お前を引き取りたいという人が現れた……!」
院長の話によると、私を引き取りたいという人物は日本人で、日本の東京に住んでいるらしい。
その日本人は30代の女性で、5年程オーストラリアに留学していた経験があるらしく、英語は話せるらしい。
私を引き取りたい理由は、子供が欲しいかららしい。――私は日本に行くことにした。日本に行けば、軍の迷彩服を見る機会なんてほとんどないはずだ。
軍の迷彩服を見ると、憎悪がわいてくる。とにかく、米軍を見たくなかった。アメリカから出たかった。その日の翌日、私は両親の墓を訪れ、黙祷した。
その日の一週間後、私はアメリカを去り、日本へ向かった――。


 さっきあれだけ朝日が小さかったのに、もう既に日は昇っている。
シャーリー・ララドルフ(女子13番)は小さく舌打ちした。 何か、気配がしたのだ。思わず、辺りを見回す。
周りにあるのは、つたが渦状にからんでいるのっぽな木。木の種類は分からない。しかし、さっき金尾貯を撃った所と違い、ここはじめじめしているのかもしれない。
得体の知れないキノコまで生えている。 シャーリーは左肩に背負っているセカンドバックの紐をきゅっと縛った。巻きつけた。
それから、右のジーンズのポケットに小さな、支給された武器――22口径の日本警察が持っているような銃――を突っ込んだ。
 ……。
耳をすましてみる。聞える。誰かの足音。ここに間違いなく近づいて来ている。 靴の音からして――女子だと分かった。
このゲームが始まってから、女子に会うのは初めてだな、とシャーリーは考えた。 ここ、今自分のいるH−9に人が居るということは、間違いなく海の家に行かなかった人物だ。
しかしながら、シャーリー自身、それは特に恐ろしい事でもなんでもなかった。殺人ゲームが始まると聞いて、むしろ少し微笑してしまったくらいだったのだから。
はっきり言って、6年3組には何の思い入れも無い。 誰が死のうが、誰が生きようが構わなかった。しかし、これだけは考えた。
 『自分は死なない』と――
正当防衛。これだ。進んで人間を殺すなんてのは、戦争かあるいは紛争でのことだ。ただし、自分に危害を加える、あるいはすぐ眼前で危害を加えようとする人物がいるなら――
それは殺す。容赦なく殺す。油断など愚の骨頂だ。一時も気を緩めない。これは、まさに誰も望んでなどいない戦争だ。
だからと言って、主催者の先生を殺す必要は無い。もちろん、『危害を加えなかったら』のことだ。

がさっと、シャーリーの目の前の草がゆれた。そして間もなく、ゼイゼイと息を切らして、その人物は現れた。
長い髪を真っ直ぐに肩に垂らしていて、上はシャーリー同様ジーンズのような色のジャケットを羽織っていて、その下は中国のタオのような紋章の入ったTシャツ。
そして、ベージュ色の膝までかかっているスカート。首からは星砂のようなものが入っている小瓶。
加納美空(女子7番)だった。
バスでは良く見なかったが、鈴木茂人(男子10番)を突き刺すような目で見ていたような気がするが。それから、同じ班だった。この女とは。
部屋では、占いに関する本を読んでいた。
 今、その女は髪をくしゃくしゃにして、真っ直ぐにこっちを睨んでいる。一瞬、日本に来た時に見た日本人形かと思った。
「今日の、私の運勢は吉。 でも、恋のライバルが現れるかも」
突然、そんなことを言い出した。 頭、頭を診察してもらった方が――
「あ、何で今日土曜日なのに運が分かるかって? えーと、おめざめテレビの週末占いでやってたのよ〜。貴方も占ってもらいたい?」
「結構」
「あ〜らそう? でもダメ、私貴方の誕生日知ってるんだから。おとめ座」

 一瞬、シャーリーはここが喫茶店で、あまり付き合いたくない人に、無理矢理無駄話につき合わされているような感覚に襲われた。
だが、あくまで感覚は感覚。すぐに、その幻想は目の前から消え去り、元の森の中に戻った。
「んで、貴方の今日の運勢は〜〜、ああら、酷い。いまいちですって!」
「……」
「あぁ、ショックで口も利けないのね、分かったわ。これ以上は言わないでおくわ」
シャーリー・ララドルフは、占いというものに、何の興味の無かった。大体、高学年の女子は、そんな誤報に惑わされるらしい。
 しかし、そんなものを知って何になる? 遊びなのはともかく、この女はこの状況で、一体何がしたい?
「……つぅかさあ、アンタマジ暗いよね。根クラでしょ、アンタ? 外人だからって、あんまウチ舐めないでよね」
その喋り方がイライラする。 自分が日本語を学んでいるとき、そんな文法は無かった。かえって、この目の前にいる場違いな話をする女が外人に見えた。
「で、私の占いの続きだけど。アドバイスが『ライバルと対決するといい』だって!」
 シャーリーはこのとき思った。なぜ、自分はライバルになっているのか。なぜ恋のライバルになっているのか。それにしても、この占いは随分と無責任なものだ。
言う通りにすれば、どれほどのバトルがこれから勃発するのだろう。
 そして、間もなくこちらでもバトルが始まった。
「んでさあつまり、アンタ殺すわ」

あっさりとした意見だ。シャーリーは最初からそう言えよ、と思った。
「開戦ね」
そう言ったときには、既に加納は右手にカッターナイフを握っていた。工具用の。歯をほとんど出した状態のそれをフルフルと震わせていた。
「……最後に一つ言わせて」
シャーリーは、早口で言った。加納は、耳をぴくぴくと動かしながらクスッと笑った。
「なあに、根クラ女」
「どうして私が恋のライバルなってるるのか……それを教えなさい」
加納は、左手で、すっと髪をかき分けながら答えた。
「とぼけてもムダよ! アンタさっき小屋に居たとき、茂人君に色目使ってたでしょ……」
「それだけか?」
「ううん、それに。知ってるのよ、掃除当番になったとき、いつも茂人と一緒にいるってこと!」

シャーリーは、すぐにこれが誤解だと気づいた。一つ目は周りを見回していただけということ。偶然、鈴木茂人の所だけ、彼女の目が過敏に反応していたのだろう。
二つ目、確かに同じ掃除当番だがまさに偶然に2人とも同じ窓拭きになったということ。早とちりだ、コレは。

しかし、加納はもう走り出していた。小さな植物を踏み倒し、前に体重を傾けて走ってきた。眼は、茶黒く濁っていて、ただこちらを見ていた。
シャーリー・ララドルフを殺す。その意志が、自分にひしひしと伝わってくる。ひょっとすると、アメリカ軍予備隊の隊徒達よりも、憎悪の眼差しが強かったかもしれない。
 その長いカッターナイフの刃は、朝日を受けてギラッと光った。その光は、もしこの世界がファンタジーか何かだったら、この外人の悪魔の化身を殺したかもしれない。
 だがここは現実。一見、その刃はかなり長かったのだが、シャーリーにとっては、おもちゃの武器同然に過ぎなかったのだから。
すっと、おもむろにポケットから銃を取り出した。 シャーリーまでの距離が後3mと迫っていたのだが、それはただ死への時間を早めただけだった。
加納の目が恐怖に包まれていた。あれだけの殺意が一瞬にして消え失せていた。 動いていた足も急にブレーキがかかり、ざっと土ぼこりが上がった。
 あ、と加納美空は前のめりに転びそうになり――

これは、自分のプライドと自分の命を守るための銃弾。

「ギュゥン!」
小さな煙が、加納美空の左胸から噴出した。同時に、赤い噴水も。見事に、撃ちぬいてみせた。あの、さっき金尾貯を殺したように。
シャーリーが銃口を吹いたと同時に、加納美空はそのまま前のめりに倒れた。
その時また土ぼこりが上がった。
「ボーン!」
「えー、今爆発したエリアはC−2です」
先生の声。 シャーリーはすっと銃をポケットにしまうと、すっと息を吸いながら地図を取り出した。

 私は悪くない。相手が悪かったのだ。それだけの話。

 愛の為に犠牲になる、愛の為に死ぬ。 

 かつて占いだけを信じ、本当に好きな人を信じていなかった加納美空の首から、星砂の入った小瓶が外れていた。
その中の砂は、キラキラと綺麗に光っていた。どくどくと流れ出した血が、やがてその小瓶を覆った。しかしそれでも、砂はキラキラと光る。

『私ね、ずっと茂人が好きよ。だって、誕生日が同じの人は結ばれるんだもん』



 その頃、この島の時間が7時35分になった頃。篠原万理(女子12番)は、ハアハアと息を切らして走っていた。彼女は学級で可愛くて美しいナンバー2と言われるほどだった。
彼女は実際自分でもそのことには誇りを持っていた。勉強はまあまあで、運動はかなりイケる。特に、足はかなり速いと、自分で自負していた。だから、友達も――まあいた。
 ナンバー1の源静香(女子20番)とその監視(?)の中島鈴香(女子16番)。特に仲がどうとかいうのでは無かった。ただ、一緒に居るだけだった。
自分はこの中で、中間的な存在で。そして、結構微妙な位置関係だ。だから、コンプレックスを感じていた。
『源静香』に。

こんな状況で走るのは危険だと、感じていた。
しかしそれでも、彼女は走っていた。その理由は、『ただ殺される』という概念一つだった。殺される。私は、ここで殺されちゃう。死んじゃう!
さっき見た光景。シャーリー・ララドルフがあの占いに堕ちた加納美空を撃ち殺した。加納美空はあまり近づいちゃいけない人だと思ったけど、女子の一部(間宮さんのグループ)
が「あいつマジで死ねよ」なんて言っていたけど、死んでみたら可哀想に思ってしまった。
 やっぱり、クラスメートを殺すなんて耐えられない。当たり前よ、私だって6年3組が好きだったわけじゃないけど、こんなのあんまりよ。
死ぬのは嫌。でも、現にもう尾木さん(あぁ、あれは1番酷い死に様だった)含めて5人も死んでいる――誰が? 何のために?
 やっぱりあのガキ大将、剛田武(男子8番)と女子不良グループの樺田ぼた子(女子8番)と木下礼子(女子9番)なんかかなり怪しい。
後、さっきのシャーリー・ララドルフ。外人とか関係ない。こんな状況じゃ。なんであの子は加納さんを殺したの? どうしたの、本当に? どうして殺したの?

 そうえいばどうして私は走っているのかな? 怖いから。もうどうすればいいのか分からない。

だったらいっそ――自殺? 禁止エリアに飛び込んで――

「待って!」
急に、篠原万理の足がぐっと前に流れた。履いていた小さいオレンジ色の靴が、斜めに滑った。
 何で? 万理がそう考える前に、左腕に大きな圧力を感じた。ぐっと、誰かに引っ張られた、違う。今も引っ張られている?
万理の視界に、女子が飛び込んだ。そして、万理の頬を思いっきり叩いた。 「パンッ」といい音がした。
 万理は、痛みは感じなかった。ただ、「自分が死のう」としていたことに、驚いていた。
今、目の前の彼女、目が上に釣り上がっていて微妙に口も右に歪んでいる女子、糸井雪美(女子3番)に腕を引っ張られなかったら、間違いなく死んでた。
爆死して。
そう思うと、身がぶるっと震えた。胸の辺りがヒヤッと冷えた。真っ直ぐに糸井雪美がこちらを見ている。
「ありがとう、助けてくれて」
「……」

 糸井雪美は、何も喋らない。そうえいば、と篠原万理は思った。何でこの子はこんな所にいるのだろう。
ここはH−9。こんな禁止エリアすれすれの所に、何で?

この瞬間、万理の胸の中に大きな不信の波が襲ってきた。

 殺すの? 私を殺すつもりなの?


「本当に気をつけてね。私、あなたが死んだらどうしようかと思ったのよ……」
糸井雪美の突然の一言。篠原万理は、急に自分への恥と糸井への感激に包まれた。 自分は、どうしてこんな事思ってたんだろう? 私を助けてくれた子が、殺すなんて。
本当に、バカよ、私。 確かにこの子は悪い噂は立ってたけどだからって悪い人とは限らない。おかしくなってたんだ、私。シャーリー・ララドルフを見て。
あぁ、でも私はもう――


そのときふいに、糸井雪美の声がした。

「だから、私達ずっと一緒にいましょ、ね? いいでしょ?」


【残り37人】


第10話 怨恨の男 不運な男

 午前7時45分。G−4地点。砂利道のすぐ側の森の中。幹周りの下に、その少年は居た。
ペットボトルの中の水を飲み続けている――犬山三郎(男子2番)だった。
数秒後、ぷはっと水を飲むのをやめ、地面にペットボトルを叩きつけるように置いた。
そして、つい先ほどの銃声について考え始めた。
 おいおい、銃なんか持ってる奴に会っちまったら即死じゃねえかクソ。
犬山は、支給されたエナメル製のセカンドバックの中から、武器を取り出した。
手裏剣だった。忍者なんかが常に携帯してる奴だ。犬山はそれを見て、舌打ちした。
 チッ。こんなもんでどうやって、銃を持ってる奴と戦えってんだ!
ふと、出木杉英才(男子13番)の顔が頭に浮かんだ。 『みんなに、I−5の海の家に集まって欲しいんだ』
 ケッ、誰がお前の言う事なんか聞くかよ。現にもう殺し合いは始まってるじゃねーかよ。
木杉、お前のみんなをまとめる力が足りなかったって証拠だよ。
そう、俺が6年3組の学級委員長になってりゃ、こんなことにはならなかってのになあ。
 ざまあみろ、出木杉。


 4月。校庭の桜が満開の中、6年3組の教室ではだらけたムードが漂っていた。
剛田武(男子8番)・樺田ぼた子(女子8番)・木下礼子(女子9番)は始業式の日だというのに、登校していなかった。
ほとんどのクラスメートが机に伏せていた。
ほとんどというのは、出木杉英才と源静香(女子20番)は担任の大塚大介の自己紹介を聞いていたからだった。
後は、後ろの席の方の尾木真絵(元女子5番)が、大塚大介をじっと見て、目を輝かせていた。
「じゃあこれから学級委員長を決めるぞ〜。まず最初に立候補の奴はいないか〜?」
「ハイッ!」
大きな声を張り上げ、勢いよく手をあげたのは犬山三郎だった。その数十秒後に、出木杉がゆっくりと手をあげた。
大塚は様子を見て続けて言った。
「ん〜2人か。それじゃあ挙手の多数決ってことで」
 そのとき、犬山はいや〜な視線を背中に感じた。
ゆっくりと背後を振り返ると、間宮奈々子(女子19番)のまるでゴミを見るような眼があった。
5年の頃、同じクラスだった女子を引き連れた偉そうな女だ。
犬山はすぐに殴りにかかりに行きたかったが、学級委員長の投票に関わりそうだったので、やめておいた。
「じゃあ犬山が学級委員長に適任だと思う奴は手をあげて〜〜」

 信じられなかった。一瞬犬山は眼を疑った。教室のどこを見回しても挙がらない手。
クラスメートのほとんどは窓の外を眺めていた。野比のび太(男子16番)は鼻ちょうちんを出して寝ていた。
その隣の席の中島鈴香(女子16番)は犬山の席に向かって、手を払っていた。まるで、ハエをおっぱらうかのように。
ついさっき犬山を、まるでゴミを見るような眼で見ていた間宮は口を押さえて、必死で笑いをこらえているようだった。
「じゃあ、出木杉が学級委員長に適任だと思う奴は?」
 犬山は、また眼を疑った。クラスメートの挙がっている手、手、手。
手を挙げていないのは、出木杉とついさっき手を払っていた中島の隣の席で爆睡していたのび太だけだった。
「じゃ、学級委員長は出木杉ってことで。出木杉、いいな?」
「はい!今日から一生懸命頑張ります!」
出木杉は元気良く返事した。途端に、教室が拍手に包まれた。
「出木杉さ〜ん、私達どこまでもついていくわ〜〜!」
後ろの方の席から、小山田夏子(女子6番)が黄色い声をあげた。直後、犬山は机を両手で叩いて怒りのあまり叫んだ。
「おい! 何で誰も俺に手ェ挙げねえんだよ! おかしいだろ! 何だ? なんだよこの様はよォ!」
 さっきまでなっていた拍手はやみ、教室は静まり返った。しかし、出木杉だけは犬山の席ににかけより言った。
「犬山くん落ち着いてよ、確かに今回は僕が委員長になっちゃったけど――ニ学期にまた立候補してくれよ。
 その時は僕が支持するよ」
「そういう問題じゃねーんだよ! 」
犬山はそう叫び、出木杉の左ほほをありったけの力で殴った。
グッといい音がして、出木杉は欠席のジャイアンの席に吹っ飛んだ。顔が苦痛に歪んでいる。
 途端に教室が騒がしくなり、女子の黄色い悲鳴が響き、男子は犬山の暴動をはやし立てた。
男子の声に押されたわけではないが、自然に犬山は出木杉の方に向かい、もう一度握りこぶしを作っていた。
 そして、力を込めて右腕を振り上げて――しかしその手は担任の大塚大介にがっちりと掴まれていた。
「おい犬山、逆ギレはいけねえな、逆ギレは。暴力もな。俺は、暴力ってのは好きじゃねえんだ。
 つーわけで、お前放課後職員室に来い。 分かったな?」
大塚はそう言うと、犬山の右手を放して、教壇に戻った。そして、もちろん犬山は説教を食らうことになった。
 こんなことで、反省するなら殴らない。犬山は説教中にも唇をかみ続けていた。
――なんで出木杉みたいな奴なんかにこんなに人望があるんだ? あいつが一体何をしたって言うんだよ!
 出木杉への憎悪が沸いてくる。――殺す。殺す、殺す。あいつをこの手で。


 犬山は、いつの間にか笑みがこぼれていた。そして、いつの間にか『武器』の手裏剣を強く握っていた。
しかし、犬山には一つ気がかりがあった。今までに聞えてきた銃声のことだった。
出木杉は間違いなく海の家に行っているだろう。たくさんのクラスメートがいるはずの海の家に。
 なら、今すぐにぶっ殺しに行ってやろうじゃねえか。出木杉と一緒にいるクラスメート共も皆殺しにしてやるぜ……。
――しかし、万が一出木杉か他の誰かが銃を持っていたら、俺は間違いなく殺されるだろうな。
悪を退治するってわけか、傑作だなこりゃ。 手裏剣対銃器。これは世紀の対決だな。
クソ、お話にならない。すぐそこにターゲットがいるってのに――
そのとき、犬山の視界にオレンジのつばのついている帽子をかぶった――鈴木安雄(男子11番)が映った。
 10m先、こちらに背を向けている。あいつも海の家に行かなかったのか。なんでだ?
彼にとって、理由は必要なかった。そして再び歩き出そうとして――その時、犬山の足のつま先に何かが当たった。
犬山はぼうぼうとした背の高い雑草の中に、太く長い木の枝とそれに巻き着いている太い縄を見つけた。
 もう一度、前にいる安雄を見た――気づくと犬山は笑っていた。犬山の頭に、黒い塊が現れた。

『出木杉英才及び生きる価値0の連中抹殺計画』


 鈴木安雄は、突然すぎる殺し合いの宣告を、まだよく飲み込めずにいた。
尾木真絵と担任の死亡。そして、ゲームのスタート――
 時刻は戻って6時38分。安雄はプレハブ小屋を出発した。まず、地図上のF−7の川付近に向かった。
安雄とスネ夫は、最初に出発したはる夫が出発する前に、ここを待ち合わせ場所にすると決めたのだった。
 小屋の外は、恐ろしいほど静かだった。かすかに聞える鳥の鳴き声がとても不気味だった。
安雄は息をぜいぜいと荒げながらも、F−7の地点に辿り着いた。しかし、そこには既に出たはずのはる夫の姿は無かった。
「お〜い……はる夫? 」
かなり小さい声で、辺りを見回しながら言った。
「あいつならいねえよ」
 どこかで聞いた事のある声だった――その瞬間だった。
『ヒュンッ!』
 安雄の眼前を、銀の棒のようなものが通り抜けた。
「うわあああああーーーー!」
 突然の恐怖に襲われ、たまらず絶叫をあげた。そして、気づくと既にもう体は動き、足は走り出していた。
「逃がすかよ!」
声の主が、安雄に近づいてくる。イヤだ、嫌だ。死んじまうなんて――いやだ!
 走り続けた。とにかく走った。生命の危険が、安雄の命の光をせかした。

しばらくすると、次第に声も足音も小さくなっていった。
 一時間後、安雄はG−4地点まで移動していた。木の下で立ちながら、水を飲み続けていた。
俺を殺そうとするのは、一体誰だったんだ? 声だけで判別はつかない。男子の声だったことは確かだが――
 ……考えてもキリが無い。男子は21人もいる。そのうち俺とスネ夫とはる夫を除いても、後18人いる。
それにしても――はる夫はどこへ行ったんだ? あいつは、約束を破る奴じゃない。よく破ったのは俺の方だったんだから。
 ――直後、後頭部に物凄い激痛が走った。

「ここ……は?」
目の前に広がっていたのは、緑色の木々と気味が悪いほど晴れている朝空。そして、目の前にいる――犬山三郎。
そしてなぜか両手には、何か木の伐採とかでよく使っているチェーンソーのようなものだった。

「よう安雄、やっと目が覚めたか」
何か、身動きが苦しい。気づいた、自分の両手がロープに縛られている。安雄は、一気に血の気が引いた。
 忘れもしない、安雄が小屋を出て真っ先にとった行動、それは武器の確認だった。
参加する気はない。このゲームに――参加する気はなかったのに、武器を確認した。
その時あったものが、なぜ犬山が持っているんだ?
 いや、違う。奪われた。武器が奪われたんだ、目の前にいる犬山三郎に。そして、その少年は笑っていた。
「コレを見たら分かっただろう。お前が今、どんな状況に置かれているのか……」
犬山の冷え切った言葉に、安雄は恐怖を隠さずにはいられなかった。チェーンソーの歯が、妙に光っている。
その歯は、まるで早く何かを切りたくてたまらないようだった。
「た、たた助けてくれよ、犬山。お、俺がお前に何をしたってんだよ!」
 犬山は、クスリと笑った。チェーンソーの柄の部分を握っている手の力を、緩めたような感じだった。
「命乞いか、いいぜ。チャンスやるよ、お前に」
「ちゃ、チャンス……?」
「そうだ。お前、4月の学級委員長選挙覚えてるか? 」
安雄は、必死で犬山の話に首を縦に動かした。犬山は、安雄がはらばいに倒れながら必死になっている姿を見ながら続けた。
「それでよぉ、俺と出木杉が立候補した。――お前、誰に手を挙げた? 」

 安雄は出木杉に手を挙げた。
――だがこの状況で『出木杉に手を挙げました』と言ったらどうなるだろう? 普通だったら殺される。
だったら――安雄は、おそるおそる言った。
「犬山……です」
 直後、安雄の左ほほに衝撃が走った。強烈なはたき。犬山の、チェーンソーを持っていない方の左手が見えた。
「くくく……俺はな、嘘つく奴が大キライなんだよ」
犬山は、怒りのこもった声で言った。安雄は、既にバレていたのだということに、やっと気づいた。
殺される。殺される。殺される。 このままじゃ――間違いなく。
 犬山は、チェーンソーを安雄に向けて、少しずつ近づいてきた。逃げられるなら、さっさと逃げている。
問題は、このロープだ。 ロープさえなけりゃあ、起き上がって足を動かせるのに。
 そのとき、手に何かチクッとするものが触れた。固い。なにか、薄い。同じようなとげが4つある。
そうか、これは使える。このとげで、なんとかロープを切る。それしか道は無い。これで――切る。
 全身を動かして、一心にロープの切断作業にとりかかった。犬山は、少しずつ近づいてくる。後、3m。
犬山がその気になれば、すぐに斬り殺せる距離だ。違う、あいつは完全に油断している。
 安雄は、こんな状況なのに、なぜか自分が優位に立っているような気分がした。
この野郎!お前なんかに殺されてたまるか! 

 その時だった。ロープが、プチッとなった。手が、自由に動かせる。逃げろ! 自分にそう言い聞かせた。
犬山は、思わず目を疑った。安雄が起き上がり、犬山とは反対の方向に走り出したのだから。
安雄の倒れていたところに、ついさっきチェーンソーを手に入れ捨てた、手裏剣だった。
 畜生!まさかこんな所で仇になるなんてよ!
しかし、安雄はすぐに前のめりに倒れた。つま先に違和感があった。つまずいた。こんな大事なところで。
 起き上がろうとしたときには、もう遅かった。犬山が、安雄の背中に足をどんと置き、押さえつけた。
「うわぁぁぁ! いぬっ……っ! 」
「俺からは逃げきれねえよ、安雄。今頃命乞いかよ、全くよぉ。お前が悪いんだろ。
 せっかく俺がやったチャンスを無駄にしやがってよお」
犬山は、頭をかきながら大胆不敵に言った。安雄は、ぜいぜいと息が上がっていた。もう、過呼吸という奴だ。
「俺が学級委員長選挙の時、出木杉に投票したのは謝る! だから、助けてくれ!」

 その時だった、犬山が急に小さな声で呟いた。
「お前は……なんであいつなんかに投票したんだ?」
「はぁ、はぁ……出木杉は……あんとき俺らを助けてくれた……はぁ、から……」
安雄はよだれを垂らしながら、はっきりとそう答えた。もう限界に近かった。全く酸素が吸えない。
二酸化炭素だけが急速に吐き出されていく。

「それだけの理由でかよ……? たまんねえな、こりゃ」
犬山は一つため息をついて言った。右手に持っていたチェーンソーのスイッチを入れた。
「ヴィー……ン」
「た……ゴボォ、助け……て……くれ」
 安雄の顔が、真っ白になっていく。真っ青を通り越して、死人よりも白かった。
「俺に会わなきゃあ、少しは長く生きてたかもな」
 ゆっくりと、犬山がチェーンソーの歯を安雄の顔に近づけていく。
「……めろ。やめ……て……くれぇ」
もう、歯は安雄の帽子のつばを切り裂いていた。
「ババババババッ!」
帽子の切り刻まれたかけらが、散らばっていく。 
 安雄は、もうその歯の動きを黙ったまま見つめた。
「安雄、天国で会おうぜ。ま、後何十年後くらいかの話だけどなあ」
 犬山は、冷え切った目で安雄を見つめ、口からは熱い舌が飛び出ていた。 そして、右腕に最後の力を入れた。

まつげの前に、犬山のチェーンソーの歯が見えた時、安雄は最後の力を振り絞って、叫んでいた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」

「ボーン!」
6年3組の生徒とその元担任しかいない森の中に、安雄の絶叫が響いた。

「え〜、今爆発したエリアはH−10です。みんな朝だけど、こんな時こそ元気に頑張ろうな!」


【残り36人】


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