第16話 恋路の衝突 閉ざされた路(みち)

「ボ〜ン!」
平和な白昼を切り裂くように、どこかの方向で、爆音が聞こえた。続けて、教師の『お知らせ』が島中に響いた。

「え〜、今爆発したのはF-8です」


 H-3。木材やら鉄筋やらがうずたかく積まれている――資材所。
積まれた資材が、がんがんと照り続ける陽光を遮り、日陰をつくっていた。
その一角に、彼らが居た。正午前、元平了(男子20番)の脅しにより締め出されてしまった――片倉三郎(男子5番)達だった。片倉が腕時計を見ると、時刻は午後2時を回っていた。片倉はそれを確認すると、ここまで同行してきた浦成和雄(男子3番)と小戸誠人(男子4番)に向かって言った。
「今夜はここで野宿だな」
「ええっ!? 嫌だよぉ」
「野宿はねぇだろ。さっきここ来るとき、何軒か家があったろ?
 そこで休もうぜ」
 2人は、見るからに嫌そうな顔をしていた。片倉は、ふうとため息をついた。
「馬鹿。どっかの建物で休むなんて、死にに行くようなもんだぜ。
 いいか、よく考えろよ。建物なんて、クラスのほとんどの奴が泊まりたいに決まってるさ」
「そんなの当たり前だよ」
「誰だって野宿なんかしたくねーよ、なあ誠人?」
誠人は、首を縦に振った。2人の言葉に、片倉はまたため息をついた。
「人の話は最後まで聞けよ。いいか、建物に泊まりたい奴は、当然建物に集まってくるよな?」
 ここで、浦成が気づいたような顔をして手を打った。
「まさかお前……!?」
「ああ、そのまさかだ。もしどこかの建物に行けば――殺されるかもしれないんだ。 変な銃声を撒き散らしている奴に」
「何でだよ」
 片倉の推測に、浦成は首をかしげた。小戸は片倉がすべて言い終わる前に、片倉の言いたいことがわかり、嬉しそうに言った。
「和雄、要するにさあ、クラスのほとんどの人がどこかの建物に行くってことは、必然的にクラスのほとんどの人が、それぞれどこかの建物に集まることになるだろう?」
「それはそうだな」
浦成は納得したように頷いた。
「もし、そのクラスのほとんどの人たちの中に、変な銃声を撒き散らしている奴が居たらどうなる?」
 浦成はこのゲームが始まって以来、何回も聞こえた銃声を思い出し、実を震わせた。
「俺達――死ぬじゃん」
 片倉は浦成を見て言った。
「やっと分かったか和雄。ついさっきも爆発音があったろ? 誰かを殺してるのは、銃声の奴だけじゃない。 今までは、変な銃声の後に爆音があったろ? 
 でも今の爆発は、変な銃声の後じゃなかった。
ってことは、銃以外のものを使って殺した奴も居るんだ、多分」
 小戸は、おそるおそる言った。
「ってことは……殺してるのは変な銃声の奴だけじゃないってこと?」
「そのとおりだ。 だから、今晩はどっかの建物じゃなくて、ここで野宿した方がいいと思う。幸い、隠れられるところなんて、たくさんありそうだからな」
 片倉は、周りにある錆臭い鉄筋や腐りかけている木材を、指差しながら言った。
「賛成。三郎、こんなことよく考えたね。凄いや」
「俺も賛成だ。殺されるよりは、野宿の方が断然マシだ」
「よし、早速準備しようぜ」
 三人は一斉に、さっき食べた食料の袋を閉めた。

 こうして、三人は野宿の準備を始めた。
捨てられていた新聞紙を布団代わりにするなど、資材所に落ちていたものを駆使して、野宿の準備を整えた。
 一通りの準備が終わり、三人は草むらに寝そべりながら雑談を始めた。


「ところでさ、お前達好きな奴って居るか?」
浦成の突然の言葉に、片倉と小戸は思わず顔を見合わせた。
「お前、どっかで頭打ったのか? 」
 片倉の質問に、浦成は首を横に振って言った。
「本当はこの話、修学旅行の夜にしたかったんだけどな」
そう言った浦成の顔は、片倉と小戸が一度も見たことがない表情だった。
 どこかを見つめているようで、とても思い悩んでいる――といったころだろうか。

「いつになく真剣だね、和雄」
小戸は少し浦成に圧倒されたようだった。声が走っていた。
「そういうお前は居るのかよ、好きな奴」
片倉の問いに、浦成は即答した。
「いる」
 3人の間にしばしの沈黙が流れた。といっても、その沈黙は30秒ほどだった。しかし。3人にはそれが一時間ほどに感じた。これが、この殺人ゲームの中でなければ、どれだけ良かったことか。
 片倉が、その沈黙を破るように言った。

「俺もいる、好きな奴」
浦成はひとつ大きなため息をついた。
「高木だろ」
 片倉は上体を起こした。
「図星か」
浦成はそう言うと、片倉と同じように上体を起こした。
「本当なの三郎!?」
 小戸も無意識に体を起こしていた。片倉は舌打ちをし、頭をかいた。
「お前には昔から隠し事できなかったなよなぁ、和雄」
「お前を見てりゃわかる。誠人は気づかなかったのか?」
小戸が、間の抜けた表情で首を横に振った。浦成は、近くにある三段組みの木材を見ながら言った。
「それはまあいい。 三郎、高木が好きなら、俺はお前に言いたいことがある」
「なんだよ?」
 片倉の言葉に、浦成は頷いた。

「高木は――あいつはやめといた方がいいぜ」
「なんでだ」
 そのとき、片倉の声が怒りを帯び始めていた。浦成は続けた。
「あいつ、4人の男と付き合ってるんだぜ」
「そんなもの、高木が嫌いな奴が流した噂だろう」
片倉は呆れながら否定した。
「噂じゃねえよ。俺、前に二丁目行った時に、高木と藤沢が腕組んでるの見たぜ」
 藤沢とは、二丁目で一番弓道の腕が立つ小学生だった。片倉自身も大会で大会で何度か見たことがあるが、なかなかハンサムに匹敵する男だった。
「他の女と見間違えたんじゃねーの?」
片倉は否定を通し続けた。しかし、浦成はさらに言った。
「俺がそれを見た翌日、二丁目で――今度は、高木と波原が手をつないでいるの見たんだ」
 波原は高木の幼馴染らしく、片倉も小学校低学年の頃、何度か一緒に遊んだことがあった。しかし、小学三年生の頃に二丁目に引っ越してしまった。片倉はその後、波原と会ったことはなかった。
「お前、何回二丁目行くんだよ……」
片倉は、ため息をついてお手上げというポーズをとっていた。しかしその手は、既に拳を作り始めていた。

 小戸はその様子を見て、声をこわばらせながら言った。
「か、和雄。噂話はその辺にして、もっと楽しい話しない?」
しかし浦成は小戸の助言を無視し、さらに言った。
「高木が同じクラスの鈴木茂人(男子10番)と、放課後に6年3組の教室で抱き合っているのを見た」

この時、片倉は頬に痛烈なパンチを受けたような気がした。 
 確かに片倉自身、高木が鈴木茂人と2人で下校するのを見たことがあった。それも、一度だけではない。片倉は、ごくりとつばを飲み込んだ。
帰り道が同じだけだ。そう信じて、このことについてはあまり深く考えないようにしていた。
 ――それが、二人は恋仲だったとでも言うのか。
片倉は、自分に落ち着けと言い聞かせた。ただの噂だ。うわさ、ウワサ。
 しかし、もう抑えられない感情があるのは確かだった。
「黙れ……和雄」
そう言った片倉は、全身が震えていた。それを見た小戸は、かすかに後ずさりを始めた。
 かまわず、浦成は言った。

「高木が同じクラスの出木杉英才(男子13番)と、放課後に6年3組の教室でキスしてるのを見た」
 そのとき、浦成は自分の胸ぐらが片倉の右手の拳に掴まれていることに気がついた。

「和雄、お前は……本当に、高木がそんな奴に見えるのか?」
 片倉は、まっすぐに浦成を睨みつけた。
その横で、小戸ははらはらした表情で、二人を見つめた。
 小戸が片倉と出会ってから、一度も見たことのない眼だった。眼の焦点が鋭くとがっていた。テレビドラマでみたことのある、犯人の眼に似ていた。怒っているのではなく、憎んでいる。小戸は確信した。
「そんな怖い目で見るなよ。まあ、普段の高木だけ見てりゃぁ、そんな奴には見えないだろうなあ。
 普段の姿だけ見てればな」
「何だと?」
片倉の眉がつりあがった。
「それじゃあよ、お前は高木のこと知ってるの? あいつの彼氏でもねえくせによぉ」
 浦成の問いに、片倉は歯ぎしりをしながら言った。
「ああ知ってるぜ、少なくともお前よりはなぁ!」

 片倉は浦成の襟首を捕まえ、浦成の体を近くの木に叩きつけていた。
喧嘩を止めるチャンスだと確信した小戸は、片倉に向かって駆け出したときだった。
「勝手にしろ……」
片倉は舌打ちをした。浦成の襟首から手を離すと、自分のセカンドバックを肩にかけ、東の方向へと歩き出していた。

「おいサブロー、どこ行くんだよ、おい!」
小戸の呼びかけに、片倉は振り返らなかった。ただ、こちらに背を向けたままどんどん歩いていき、やがて見えなくなっていく。

「和雄もサブローを呼び止めろよ、早く謝ってさ!」
浦成は何も言わずに、木に寄りかかっていた。

 小戸がもう一度浦成に何か言おうとしたとき、もう片倉の姿は見えなくなっていた。
「どうするんだよ、もう! サブローの奴、どっか行っちゃったじゃないか! 大体、何で高木さんについてあんなこと……」
「仕方なかったんだよ」

 憤った小戸の言葉をさえぎった。浦成の口調は、さっき片倉と話していたときの強い口調とは違い、普段の口調に戻っていた。
「何が?」
「高木からサブローの気をそらすには、高木の悪口言うしかなかったんだよ」
浦成は木に寄りかかったまま言った。
「でも、何でそんなこと――」
「俺も高木のこと好きなんだよ」
 一瞬、時が止まったように感じた。沈黙。浦成がもたれている木から、葉っぱが落ちた。

「え? そそ、そうだったの!? だったら、何であんなこと言ったのさ」
 小戸は衝撃の事実を、脳内で必死に整理していた。
小戸の質問に、浦成はため息をついた。
「さっきも言っただろ。高木を『四股かけてる最低女』って言って、サブローに高木を嫌いになってほしかったんだ。
 そしたら、俺は高木に告白するつもりだったんだ。少なくとも、小学校を卒業するまでにはな」
 小戸は、ただ黙っていた。そして、浦成は足元の草をちぎった。
「俺のこと、卑怯な奴だと思っているだろう?」
「そんなことは……」
小戸は、口ごもった。浦成は、もう一度草をちぎった。
「確かに俺だって思ったさ。卑怯だってな。でも、片倉を恋のライバルに回して正々堂々と闘おうなんて、俺はこれっぽっちも思わなかった。
 何故かって? 正々堂々と戦う前に、この闘いはもう終わってるからさ」
「終わってる?」
小戸は聞き返した。浦成は、さっきちぎった草を放り投げた。
「ああ、決着はとっくについてる。高木は、サブローのことが好きなんだ。
 つまり、二人は両思いってことさ」
「どうしてそう思うの」
 小戸の質問の答えは、しばらく返ってこなかった。さっきの沈黙よりもずっと長い沈黙が流れた。
それはわずか2分のことだったのだが、小戸にはとても長く感じられた。 それと同時に、後悔した。自分は浦成の言いたいことを聞いてしまったのではないか。浦成の地雷を踏んでしまったのではないか。
小戸がそう考え、浦成に謝ろうとしたときだった。

「手作りのチョコって食ったことあるか?」
静寂の中で、浦成が突然言った。

「あるわけないじゃん、こんな性格じゃあ」
「俺もない」
浦成は、もたれていた木から体を離した。
「まあ、クラスの他の男子も、もらったことなんてないと思うけどな」
「それは、みんなに失礼でしょ」
 小戸の突っ込みに、浦成の頬がゆるんだ。そして、二人は笑った。
あの、超個性派集団(学校一ののろま・がり勉・図画工作だけ3・自慢屋・ジャイアン等)に、チョコというものは似合わない。
 笑いが収まると、浦成は再び真剣な顔つきになった。
「誠人、話を戻すぞ。俺、昔からずっとひがんでたんだ。手作りチョコなんかもらいやがって――ってな」
「出木杉君のこと?」
浦成は首を横に振った。
「サブローだよ。俺、バレンタインの季節になると、いつもアイツのことひがんでたんだ」
「サブローが!?」
 小戸は驚きのあまり、昔のギャグマンのように、体が後ろにひっくり返りそうになった。
「驚きすぎだろ……、でもサブローは、俺達3人の中では一番弓道ができるからな。いくらさえない顔だからって」
小戸は、はっとした。
「まさか、そのチョコって高木さんが……?」
浦成は静かに頷いた。
「最初にサブローがチョコをもらってるのを見たのは小3のときだった。
 雪が少し降ってたのを覚えてる。『タンキくん』の5巻、あいつに貸したままなの忘れてさ、返してもらうために、あいつの家行ったんだよ。
 そしたら――」

 ここで言葉を切った。しかし、小戸はもうこの話の続きが分かっていた。
「高木さんがサブローにチョコをあげてたってこと?」

 浦成は『言うなよ』という表情で、大きなため息をついた。
「俺はその一部始終を電柱の影からみてたんだ。家の門のところで渡されてさ。高木が義理チョコって言ってたのが聞こえた」
「それじゃあ、サブローと高木さんが両思いってことにはならないじゃないか」
 小戸の言葉を、浦成は否定した。
「高木の頬、赤かった」
「雪で寒かっただけかもしれじゃないか」
 小戸は口を尖らせた。
「いいや、結構赤かったんだ。少しの間で赤くなるなんてレベルじゃない。
 間違いなく高木は、あの時サブローに照れてたんだよ」
「高木さんがサブローにあげたチョコは、義理じゃなかったってこと?」
 呆然としている小戸を見ながら、浦成は両手の指を突きたて、指の先を合わせた。
「つまり、サブローと高木は両思いってことさ」
「和雄……」
 小戸は浦成にかける言葉が出てこなかった。高木のことを好きな浦成にとって、浦成自身が語ったバレンタインの話は、相当ショックな出来事だったに違いない。
しかし小戸は、そのショックな出来事を今まさに頭の中でフラッシュバックしているであろう浦成を励ます言葉は、とても思いつきそうも無い。気弱で内気な性格の自分は、そんな経験をしたことが無いのだから。

 片倉と高木が両思い。
それは、友達が友達の好きな人と両思いであることだ。友達として自分は、祝福すべきことなのであろう。しかしそれは、もう一人の友達の心を傷つけてしまうことでもあるのだ。2人の友達の恋の成就と失恋。
 小戸は、複雑な心境にあった。
「俺はさっき片倉に高木の悪口を言った。卑怯な手を使ったんだ。
 高木と両思いの片倉と、正々堂々と闘っても勝ち目は無いって分かったからな」
 浦成はそう言うと、また木にもたれてため息をついた。

「甘えるな!」
 小戸が叫んでいた。浦成は、今まで怒った小戸を見たことが無かった。それで、思わず小戸にすごんでしまった。小戸の言葉はさらに続いた。
「正々堂々とやっても勝ち目はない!? 一度でも高木をめぐって正々堂々と勝負したのかよ!?」
「さっきも言っただろ。サブローは高木と両思いなんだ、正々堂々と闘っても勝てるわけねえだろ……」
 浦成は悔しそうな顔を浮かべ、うつむいた。
「そんなの和雄らしくない! 弓道だって、サブローとずっと正々堂々とやりあうライバルだったじゃないか! ――恋でも正々堂々とやりあえよ! 正々堂々と勝負しろよ!」
 小戸の言葉に、浦成が顔を上げて立ち上がり、こちらへ向かって歩いてきた。
「言ってくれるじゃねえか誠人……」
 小戸にとって浦成は少し怒っているように見えた。小戸は我に返って、はっと息をのんだ。
「ご、ごめん和雄、少し言い過ぎたよね僕。こんなこと言うガラじゃないのに――」
「いや、いい一射だった」
 浦成は弓を引くポーズをとった。
「……え!? 怒ってないの和雄?」
「俺がそれぐらいのことで怒る男に見えるか?」
 浦成はそう言いながら、人差し指で鼻の下をなでた。その様子を見て、小戸は笑ってしまった。
「とにかく目が覚めたぜ誠人、ありがとよ」
 小戸は少し照れくさくなり、頭をかいた。
「今からサブローに謝りに行くことにした。俺が高木の悪口言った理由も話す。もちろん、俺が高木のことを好きだっていうこともな」
「じゃあ和雄……」
 浦成の言葉に小戸は眼を輝かせた。
「ああ、俺は今からサブローと恋でもライバルとして正々堂々と闘うことにした」
 浦成は堂々とそう言った。そのとき、小戸は思わず拍手してしまっていた。
「よせよ恥ずかしい」
 浦成が照れながら笑うと、突然小戸が固まった。

「どうした誠人?」
「和雄……トイレしたいんだけど」
「誠人……お前なあ、このムードでトイレはないだろ。すぐその辺でやってこいよ、俺は寝床に置いてあるお前の荷物の分まで取ってくるから。
 お前がトイレ終わったら、すぐにサブローに謝りに行こう」
 浦成がそう言うと、小戸は深く頷いて近くの茂みへと駆けていった。浦成も、荷物であるセカンドバッグを置いてきた寝床へと歩き始めた。浦成はため息をついたが、このため息は安堵の息だった。
 まだサブローは俺のことを怒っているはずだから、安心している場合ではないのかもしれない。とにかくサブローに謝ろう。土下座してもいい。許してもらおう。またあの頃の三人に戻るために。恋のライバルとして闘うために。そんな思いを頭の中でめぐらせていたときだった。



「こんな所にいたの」


 前方からゆっくりとこちらに歩いてくる。
出木杉英才だった。しかも、その出木杉は恐ろしいほど無表情だった。
 右手の方にはセカンドバックをかけ、何故か左腕は後ろに回していた。

『ここを出たら海の家へ向かってほしいんだ、目標として朝の8時までに はみんな集まっていること』

 出木杉がゲーム開始直後に、あの無機質な空間でクラスメートのほとんどに言った言葉が、浦成の頭の中に蘇ってきた。――気づくと出木杉の元へ駆けて、たどり着いていた。

「出木杉っ! お前って奴は、海の家に来ないで何やってたんだよ!」
 出木杉は無表情のまま、頭をかいた。
「ちょっと島中を歩いてね、観光してたんだ」
 出木杉の言葉で、浦成の頭の奥で何かが切れた。
「ふざけんな! 俺達がどれだけ待ってたと思ってんだ! そんな中お前は観光してたって言うのかよ! 第一何で観光なんかしてんだ!?」
 浦成の言葉に、出木杉がほくそえんだ。
「何故観光なんかしてたって? それは――」


 出木杉がそう言いかけたとき、浦成の全身に衝撃が走った。
浦成は一瞬、何が起こったのか分からなかった。しかし、一瞬は一瞬だった。すぐに分かった。
 出木杉が背中に回していた左手をこちらに向けた。そして、その右手には見たことのない物が握られていた。黒いカステラの箱に握りをつけた、という感じの物だった。そしてまもなく、その箱がうなった。ゲームが始まって以来、島中でよく聞いた音だった。銃声。変な銃声。最も恐れていた音――

「天国でゆっくりと考えるんだね」
 出木杉がそう言い終えると、浦成はどさっと倒れた。3人で野宿の準備を終えた後、寝そべっていた草っ原に。そしてすぐに、被弾した箇所の傷の痛みが襲ってきた。右目からひとすじの涙が流れた。

「サブロー、誠人……いてぇよ」
 浦成がそうつぶやいたとき、出木杉が銃口から出ている煙を口で吹きながら、ゆっくりと近づいてきた。
「さて、君の荷物がどこにあるのか教えてもらおうか。君が死ぬ前にね」


 そのときだった。
「和雄!? それに出木杉君、一体何やって――」
 小戸が驚いた顔でこちらを見ていた。突然、別世界に飛ばされたような顔。

「逃げろ誠人! 全速力で――」
 浦成がありったけの声で叫ぶのをさえぎって、出木杉の左手の箱はもう一度うなった。同時に、浦成は見た。小戸の顔面が真っ赤にはじけるのを。
そしてそれが終わると、小戸は顔面をジェイソンのホッケーマスクの空気孔のようにしたまま、仰向けに倒れた。

「ボーン!」
「今爆発したエリアは、F-2です」

「でええきいいすううぎいいっ!」
浦成は既に致命傷を受けているにも関わらず、もう一度立ち上がった。

 ズボンのポケットに入れていたバタフライナイフを両手に握り、全力で出木杉に襲いかかった。
 しかしそれよりも早く、小戸を仕留めた箱はうなっていた。再び浦成は草っ原に寝そべった。倒れたとき、浦成和雄は静かにつぶやいた。

「すまねえサブロー……俺……お前に謝りに……行けそうも……ねえや」
 出木杉はふふっと笑った。
「大丈夫だよ浦成君、片倉君なら――僕が後で君の元に送るから」
 出木杉は、浦成が撃たれた拍子に手から離したバタフライナイフを拾い上げ、それを勢いよく浦成の胸に突き立てた。
「ボーン!」
「今爆発したエリアはC-10です。ん〜〜、いいペースだなあ」



 G-6地点。片倉は資材所の方向をじっと見ていた。ふと、浦成の顔が浮かんだためだった。同時に、浦成が言った高木への悪口もよぎった。――片倉は力いっぱいに首を横に振った。
「知るか、あんな奴」
 片倉はそうつぶやいたものの、浦成と同時に小戸の顔も浮かんだため、小戸を連れてから資材所を飛び出しても良かったかな、と後悔した。


【残り29人】


第17話 切った糸 切られた糸

「もっと速く走れねーのか!」
仁王連次(男子15番)が声を張り上げた。
その横で、牧野恵理香が少し息を乱しながら、後ろに遠のいて行く野比のび太(男子15番)を睨みつけた。
「も……もう走れないよぉ……」
 のび太がそう弱音を吐いた瞬間、彼の足は、むき出しになった木の根に引っかかってしまった。
間もなく、落ち葉だらけの地面への――スライディングを余儀なくされることになった。ぶわさっと音がし、落ち葉がいろいろな方向に散らばった。
 しかしのび太が転んだのと同時に、彼が背負っていた3人分の荷物も、落ち葉同様に散らばってしまった。

 のび太が転んだ音を聞いて、彼の先を走っていた2人は足を止めて振り返った。 野比のび太が、全身を落ち葉の中にうずめ――ピクピクと、全身を痙攣させていた。
2人は顔を見合わせ、ため息をついた。


 仁王率いる一行は、のび太が転ぶ前まで、ずっと走っていた。
数分前、のび太、仁王、牧野恵理香の3人はG-4地点を歩いていた。しかしその時、エリアで言うところのH-3に存在する資材所の方向から、奇異な銃声がしたからであった。そしてほぼ同時に、参加者である生徒の死を告げる爆音も続いた。さらに、もう一つ爆音。
一行は、一回目の銃声を聞くと、すぐに北へと駆け出した――これは、リーダーである仁王の忠告によるものだった。
 仁王は事前にのび太と牧野に話をしていた。
例の銃声が聞こえたら、すぐにその場を離れろ、と。
 牧野はこのことについてすぐに承知したが、のび太は首をかしげた。 そんなのび太のために、仁王はさらに説明した。
 ――ゲーム開始以来、島中に聞こえた四回の銃声。その銃声の後には必ず死亡を伝える爆音が響き、先生の放送が流れた。つまり、その銃声の主は既に4人を殺している危険人物だ――

 その説明の後、のび太は震えていたので、仁王は説明を終えた。


「ったく、アンタは本当にドジなんだから」
牧野はのび太に対して、すっかり呆れていた。
「立てるか?」
 仁王は倒れているのび太に、右手を差し出した。
「な、何とかね……」
のび太は弱弱しい声を上げながら、上体を起こした。ぜいぜいと、肩で息をしていた。
「大丈夫なら、また走るぞ」
「僕、もう走れないよぉ」
 のび太は呼吸をゆっくりとしながら言った。その言葉の調子を返すように、仁王はさらりと言った。
「そうか。 なら、俺はお前を置いて行くだけだ」
仁王はのび太に背を向けて、散らばったセカンドバックを集め始めた。

「ちょっと待って! どっかで休もうよ、うん、それがいい! どっか安全な――」
 のび太は、ズボンのポケットに突っ込んであった、くしゃくしゃの地図を開いた。
「ねぇ牧野さん、今僕達が居るのって、どこだっけ?」
牧野は、しきりに自分のシューズの紐を気にしていたようで、のび太に厳しい口調で答えた。
「さあ」
 のび太は牧野の態度に不満を持ったが、地図上に点在する建物に、適当に指を差した。

「仁王、工場に行こうよ! 結構大きそうだし、なんだったら隠れることだってできるし。ちょっと休もうよ、ね?」
「そいつはムリだ」
仁王は相変わらずのび太に背を向けながら、3人のセカンドバックを、自身の足元に置いた。
「お願い、一生のお願いだよ! 僕、そこまでだったら頑張って走るから!」
 しかし、のび太の懇願にも、仁王は首を縦に振らなかった。
「もう15時を回ってるんだ。建物には少なからず人が居るに決まってる。そいつらの中に、このゲームにやる気になっている人間が居たら、面倒事に巻き込まれるだけだ
 ――俺は、無駄に人を殺したくない」
「仁王……」
のび太は言葉を続けることができなかった。
 その時だった。

「私はのび太に賛成よ」
牧野はのび太に指を差しながら言った。のび太も仁王も、驚いた顔で牧野恵理香を見た。そんな二人をよそに、牧野恵理香は言った。
「私はコイツよりはまだ走れるけど、せいぜい後5分が限界よ。だから、工場で休むのには、賛成」
仁王は、頬をポリポリとかいた。
「……よし分かった、俺にも荷物持ちは必要だからな」
 仁王の同意に、2人は思わず顔を見合わせた。しかし、すぐに牧野恵理香が目をそらし、またシューズの紐を触り始めた。
かくして、3人は工場へと向かうことになった。 のび太が牧野恵理香に再び現在地のエリアを聞いているとき、仁王が小さく舌打ちをしたことに、2人は全く気がつかなかった。

 工場へと向かう途中、牧野恵理香は考えていた。
こいつらについてきて正解だったのかもしれない。危なそうに見えた仁王も、意外と物分かりがいい。それに、のび太を恐れる必要など無い。 しかし、決して油断をしてはいけない。
 先頭を走る仁王の腕の横から、チラチラと長い銃の先が見える。銃。喉から手が出るほどほしい代物だ。私はあれを手に入れるために、こいつらと組んだ。2人が眠った時とか、そんな隙をついて、銃を奪う。
もちろん、仁王という男子を見るからに、銃を手に入れることは容易ではないだろう。しかし、その銃を手に入れることができたなら――このゲームでの自分の生存確率は、間違いなく上がるだろう。
 私が銃を使えるかどうかは分からない。しかし、何も持たずに平和主義者をきどっているつもり(野比のび太とか)も無い。
とにかく、銃を手に入れるまでは、こいつらと離れないで居よう。

 それから、牧野恵理香は仁王とのび太と出会ったときのことを思い返し始めた。




 何かが風を切り、こちらへ飛んでくる。
牧野自身、それが何かは分からなかった。しかしそれを認識する前に、牧野は何者かに抱きかかえられていた。そして、あっという間に茂みの中に入り――その瞬間、すぐ近くでその何かが爆発した。
辺りがものすごい量の白煙で包まれ、雑草がパラパラと散らばるのが分かった。
「大丈夫か?」
 男子の声。でも、それにしてはハスキーな声。 4月のクラスの最初の自己紹介以来、声を聴いたことが無かったクラスメート――仁王連次であった。
牧野の思考回路は混乱した。 何が起こったのか。なぜ、先ほどまで銃を向けていたこの男は私を助けた?
 その時、やっと気づいた。自分の目の前にすぐに、仁王の目があった。 言うならば、二人の恋人がキスをしようと決めた時の距離。
「ひっ」
思わず声が洩れた。 目の前に居る仁王連次は、すぐにそれを制止するように、口の前に人差し指を作った。 今考えると、それは『黙れ』という合図だったのかもしれない。
 しかし、仁王連次は口を開いた。
「牧野悪い。立てるか?」
 言葉が出てこなかった。ただ、驚くばかりだった。 仁王は自分を立たせると、注意深く周りを見回した。

その時だった。前方から、海の家に一番近いアスファルトの舗道の脇の茂みから、予想外の顔が出てきた。
 いつも算数の授業で寝ている、野比のび太だった。学校一足が遅く、徒競走をすれば一年生にも負けるという都市伝説すら存在する男子。 その野比のび太が、まっすぐにこちらに走ってきた。
 でも、何であいつがこんなところに居るのだろう?

「警戒しなくていい。あいつは、俺の連れだ」
「え?」
まるで自分の心を見透かしているかのように、仁王連次は答えた。 仁王は、野比のび太は息を切らせながら到着した野比のび太にも、さっきと同じように口の前に人差し指を作った。
「仁王、ゼエゼエ、大・丈、ゼエ、夫?」
「お前が大丈夫かよ……?」
 さっきの茂みからここまで、十メートル程しか離れていない。その距離を走っただけで息を切らせるなんて、何て体力が無いのだろう。 仁王も同じことを思ったようで、ハァとため息が聞こえた。
「だって、海の家から爆音が聞こえたし……僕、てっきり仁王が死んじゃったのかと思って」
その言葉を返すように、仁王は強く言った。
「あのな、俺は簡単に死なねえよ。 それより、早くここを離れるぞ」
「え、どうして」
「理由は後だ! 早く逃げるぞ!」
 野比のび太は、不思議そうに自分を見つめた。まるで、物珍しそうに。
「仁王、何で牧野さんが――」
「いいから、早くしろ!」
 仁王がのび太の疑問を掻き消してくれたのは、良かった。 あんな奴に気を使ってたら、気が変になりそうだった。
相変わらず頭が疑問符だらけののび太を引きずるように、自分は仁王について行った。
 地形から、G−5地点に来たようだった。

「何もしてこねえな」
仁王連次の呟き。あの爆発から5分後。 G−5地点で、海の家の方向を向き、のび太・仁王・牧野は木の傍の空き地に腰掛けた。
 そこでようやく何が起こったのか、どうして野比のび太と一緒に居るのか、諸々の経緯を仁王連次は話した。
 まず、何が起こったか。海の家の方向から、なぜか手榴弾が飛んできたと、仁王は言った。 そんなこと、気づきもしなかった。あのままあそこを歩いていたら――自分は、今頃ハンバーグを作る時の、挽肉のようになっていたに違いない。
それにしても、なぜ海の家の連中は手榴弾なんか投げたのだろうか。 私を殺すため? あの三人(出木杉親衛隊)は、私を殺すために、私を海の家から遠ざけたのだろうか? 
 いや、それは無いだろう。なぜならあの時、海の家の近くの森に、誰かがいたのは確かだった。 あの三人はあまりの怖さに、自分に『調べてこい』と命令したのだ。 自分は言われるがままに、そこへ行った。
 森に居た『誰か』は、仁王連次だったのだ。
どうせあんな所に居ても、事態が好転しないのは明らかだった。 さっさと海の家を離れて良かった。 とりあえず、あの三人には感謝するべきか。
 そして、野比のび太の存在について。
「ただの荷物持ちだ。 歩いてたら、たまたま見つけた。敵意は無さそうだったから、一緒に行動している」
「酷いよ、『ただの』は無いでしょ」
 その時、のび太が悲しい表情を浮かべたのは覚えている。仁王はその変な表情を見て、小さく笑った。
自分も、海の家であったことを、詳しく話した。
 のび太はなぜか目を輝かせ、仁王は黙ったまま相鎚を打っていた。

それから5分。
「だから言ったろ、嫌な予感がするって」
仁王は、のび太に向けて言ったようだった。言われた方ののび太は、何も言わずに下を向いた。
「でも、さ。 何で海の家の人たちは、手榴弾なんか投げてきたの?」
 それはさっき、自分も考えた。しかし、答えは見つからなかった。
「牧野も、同じこと考えてるだろ」
 はっとした。やっぱり、この男は――人の考えていることが分かるのだろうか?
「ま、まあ……そうね」
「そうか。 海の家にどんな奴らが残っていようが、関係ない。 信用してないからだよ」
「信用?」
のび太は聞き返した。
「ああ。クラス全員が、お互いのことを信用しているとでも思ったのか?」
 思わず、自分は頷きそうになった。 しかしそれよりも先に、野比のび太は言った。
「でも、でも――僕達はクラスメートなんだよ! ついこの間まで一緒に居た仲間なんだよ! それなのに、こんなのって――」
 のび太の大声を、悲鳴以外で初めて聞いたかもしれない。 しかしいくら大声を張り上げても、仁王は動じない様子だった。
むしろ、その大声のおかげでさらに落ち着いたような、そんな感じだった。
「いい加減目を覚ませ」
 仁王は、強くはっきりと言った。
「いいかのび太、俺達は確かにクラスメートだ。だが、『ただの』クラスメートなんだよ。それ以上でもそれ以下でもない。クラスという箱にランダムで振り分けられただけなんだ。
 さっきお前は『一緒に過ごしてきた』と言ったが、それもおかしな話だ。俺達が共有したのは時間じゃない。空間だけだ。そこにはクラスメート全員のつながりなんて無いんだよ。 じゃなきゃ、殺し合いが起こるはずが無い。
 信じられないから、殺す。そう考えるのが普通じゃないのか?」
のび太は、また下を向いた。 何も言えないようだった。
 確かに、仁王の言うことは半分当たっているかもしれない。 現に、既に犠牲者は出ている。 初めは、先生の笑えないいつもの冗談だと思った。 しかし、『それ』はだんだん自分に近づきつつあった。
死という恐怖。 思わず、ぶるっと身を振るわせた。
 でも、仁王の言っていることは半分間違っている、絶対にだ。 信じられないのは、今も同じだ。正直、自分はこの二人を信用していない。
だが、友達なら? 自分の親友だったら――信じられる。 自分は、マッキーとマミなら殺さない。絶対に。


 仁王はじっと時計を見つめていたが、言った。
「もうこんな時間か。 とりあえず行くぞ」
「行くってどこに?」
「決まってるだろ。お前が言ったんだぞ。『あばら谷と多目を探す』って」
「そ、そうだった! 早くしなきゃ――」
 のび太は、早々と仁王と自分のセカンドバックに手をかけ――その時、牧野を見た。
「牧野さんはどうするの?」
のび太から発せられた突然の言葉に、驚いた。
「えっ?」
 どうして自分が海の家へ行ったのか。 答えは簡単だった。 『マッキーとマミ』に会えると思ったからだ。 しかし、海の家になぜか二人は来なかった(なぜかは分からないが)。
これで目的ははっきりした。

「私も、アンタ達について行っていい? 探してほしい人が居るの。友達なの。浅尾真希と間宮奈々子。 でも、もう一人で探すのは怖くて――」
さっき信用していないと考えたのは、訂正。 あくまでも、自分の目的のために、こいつらを信用する。
 のび太は、びっくりしたような顔をしたが、急に顔が明るくなった。
「うん、僕はいいよ! 仲間が増えるのは大歓迎だよ」
「あ、ありがとう……」
 とりあえずお礼を言った。嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったいような変な気持ちになった。ずっと見下していたのび太の言葉が、こんな気持ちにさせるなんて。
「別にかまわないが」
 のび太の返事に遅れ、仁王も返事をした。のび太とは違い、無愛想な返事だった。
本当にマッキーとマミに会えるかどうかは分からない。 でも、今の私にはマッキーとマミを探してくれる誰かが居る。 少し誇らしげな気持ちになった時だった。



「武器を出せ」
 先ほどまで腕を組んでいた仁王連次が、ライフルを向けていた。それも、なぜか自分に――
思い出した。手榴弾の件で忘れていた。この男は初めて会った時も、自分に銃を向けていたのだ。 仁王は、あの時と同じような目をしていた。
 首の後ろに、冷や汗がつたうのが分かった。手も腕も足も腰も緊張し、動けなかった。
「な、何するんだよ仁王!」
のび太が素っ頓狂な声を上げた。それを無視するかのように、仁王は徐々に自分に近づいてきた。銃口がぴったりと自分の頭に向けられていた。
「俺はお前と同行して、人探しを手伝うのはかまわないと言った。しかし、条件がある」
 仁王の言葉に、牧野は息を呑んだ。 のび太はその間も止めの言葉(人でなし・野蛮人・ゴリラ等)を入れたが、二人の耳には入らなかった。
「お前の武器を預からせてもらう」
「……何よそれ。アンタ、私のこと信用してないの? 」
 仁王を睨みつけた。 こんな奴に、少しでも気を許した自分がバカだった。
「今のところは半々だ。だが、お前が武器を渡せば、俺はお前のことを100%信用できるし、俺がお前を全力で守ってやる」
 仁王がそういった瞬間、思わず自分は仁王に平手打ちをくらわせていた。

「バッカじゃないの? 私がアンタを殺すと思ってるの!? ……ああ、思ってるんだ。じゃなきゃ、武器よこせなんて言わないよね……」
 牧野は銃を向けられているのにも関わらず、ズンズンと自分のセカンドバックの方に歩き、それを持ち上げた。
「アンタ達なら信用できると思ってたのに……」
 まず、女の子に平気で銃を向けること自体が信じられない。それも、2回も。 信用する? 信用なんて言葉、あの男は知っているのだろうか?
武器を担保として預かり、ボディーガードをしてあげる? 考えられない。

 そう考え、東の方向へと歩き出した時だった。その方向に、野比のび太が現れた。両腕を広げ、足を広げていた。 それはまるきり、かかし人形のようだった。 のび田かかし。
「落ち着いてよ、牧野さん! 僕だって、仁王に同じことされた! でも、約束どおり仁王は僕を守ってくれた。果敢に銃を握ってさ。僕は荷物持ちしかできないけど――こんな僕でも、仁王は守ってくれたんだ。
 とにかく、仁王は悪い奴じゃないんだよ!」
「何よ……アイツの肩持つつもり?」
 今度は、のび太を睨みつけた。 のび太は深く首を縦に下ろした。
「僕は仁王の肩を持つよ。 とにかく、武器を見せるだけでいいんだ。僕に支給されたのは、えっと、ほら。 こんな4B 鉛筆だった」
 そう言いながら、短パンのポケットから鉛筆を取り出した。 一瞬、『武器は4B鉛筆』と言ったことがギャグだと思った。しかし、ギャグではなかった。 のび太は、話を続けた。
「仁王は、僕が武器を見せたら、僕のこと信用してくれたんだよ。しかも、牧野さんと会うまで、一緒にあばら谷君と多目君を探すのを手伝ってくれたんだ。まだ見つけてないけど――だから、武器を見せた方がいいよ」

 半信半疑だった。でも、確かにここまでのび太が生き残っている理由が、『仁王連次の護衛』によるものだとすれば、説明がつく。 のび太は、この男と一緒に居たから無事だったのだ。
しかし、仁王の意図が読めなかった。 このゲームの趣旨は殺し合い。誰を信じればいいのか分からない、そんな状況で、なぜこの男は人助けなんかしているのだろう? あの銃の使い方からして、ただ者じゃないということは分かるが――
 とりあえず、試してみる?

 牧野はゆっくりと、自分のセカンドバッグを開けた。それから、アイスピックが手に触れた。その時だった。
 仁王の持っているライフル銃が、たまらなく欲しくなった。 アレさえあれば、こいつらと一緒に居なくても済む。 あの銃を、何とかして手に入れられないだろうか。
2人が寝ている時とか――とにかく、そういう隙を突けば、何とか銃を手に入れられるのではないか?
 そういう考えが、牧野の脳裏をよぎった。
牧野は、ゆっくりとアイスピックの柄をぎゅうっと強く握った。そしてそれを勢いよく取り出し、仁王にそれを突き出した。

 牧野のけんまくにのび太は完全にひるんだが、仁王はただ黙ったまま、ライフルを向け続けた。
アイスピックの刃の先を見つめ、仁王連次はただ黙っていた。 牧野も黙りながら、ひたすら仁王を睨み続けた。仁王とライフルをしっかりと持っているように、アイスピックをしっかり両手で構えていた。

 ふいに、仁王がライフル銃を下ろした。
「よし、のび太の頼みと一緒に、お前の人探しにも付き合ってやるよ。 そのアイスピックは持っててもいいぞ。確かにアイスピックは危険だが、お前に俺が殺せるわけが無いし、俺もお前に殺される程甘くない」
 次の瞬間、牧野はどっと地面に腰を下ろしていた。すぐにのび太が駆け寄ったが、牧野は「大丈夫」とだけ言った。 言葉とは裏腹に、本当は全身から力が抜けるほど、恐怖していた。
 コイツらと同行することに不安がないと言えば嘘になるが、とにかくこれでもう一人で暗い森の中を歩く必要は無いのだ。


 こうして、のび太と仁王は、牧野恵理香を迎えて3人で移動することになった。
のび太は『女の子に荷物持ちをさせるわけにはいかないよ』と言って、自身と仁王と牧野の三人分のセカンドバッグを持つことになった。
3人は三時間ほどかけて、G-4からG-8程までしか探索することはできなかった。原因は、のび太の力不足だった。
非力なのび太が3人分の荷物を持って移動するのは、ムリがありすぎた。移動はできるが、ものすごく時間がかかった。 仁王と牧野は、のび太が転ぶたびに溜息をついた。
 その途中、死亡者発表の放送という不謹慎な放送が流れた。それは、島中にあるスピーカーから流れた。先生の声は仁王と同じく、ハスキーがかかった感じだった。違うのは、その声の主が悪魔であるかないかだな、と牧野は思った。
その死亡者の中に、のび太と牧野が探している人間は一人も居ないのに安堵したが――その行為も不謹慎であると、のび太はすぐに気づき、思わず顔をしかめた。
 牧野はそこまでは考えていなくとも、いい気持ちはしなかった(のび太がなぜか女子15番築田洋子の時だけ、露骨に不安そうな顔になったのが分かった)。
 のび太と牧野がお互いの友達を探している間に、仁王はスピーカーを調べていた。 相変わらず無表情だった。

二人が戻ってくると、仁王は一人で黙々と乾パンを食べていた。
「飯は早めに済ませろ」
のび太は「ズルイよ、一人だけ」等と愚痴を言っていた。牧野は、この平和的な感じが気に入り始めていた。

昼の2時頃、三人が資材所へ通じるアスファルトの舗道(海の家の近くのとは違い、殆どアスファルトは割れていたが)の脇の茂みを移動していたときだった。


『ぱ、ぱぱぱぱ、ぱぱ』


 三人が恐れていた銃声が、すぐ近く、それも資材所の方向から聞こえた。 三人の足は止まった(元々のび太は荷物を持ってフラフラしていたので止まり気味だったが)。
「い、今の音ってまさか……」
牧野は息を呑んだ。のび太も同じだった。 思わず、三人分のセカンドバックを落としそうになった。
「どどどどうするの仁王!?」
動揺しているのび太とは対照的に、仁王は冷静に言った。
「山だ。C-3の山のふもとまで走るぞ」
仁王ははっきりと強く言い、北へと駆け出していた。牧野も後を追うように走り始めた。
 のび太ものろのろと、牧野の背中を目指し、走り出した。

「待ってよォォォオ!」




 牧野が気づくと、一行は廃工場の前に辿り着いていた。
周りには、町ではあまり見かけない廃材・鉄骨・わけのわからない機械(かなり錆がついている)がそこら中に散らばっていた。一体、この工場ではどんなものが作られていたのだろうか。
 のび太がそう思い、傍にあった二層式の洗濯機に触ろうとした瞬間だった。
「余計なものには触るな!」
仁王の喝が飛んだ。のび太は慌てて、洗濯機から手を離した。 牧野は小さな声で「ドジ」と呟いた。
「漏電したらどうする」
「ローデン?」
「電気の事故よ。ほら、ビリリってする奴」
「感電でしょ?」
「そんなことはどうでもいい。とにかく、余計なものには触るなってことだ」

 その時だった。 仁王の左耳がぴくりと動き、カシャッと音を鳴らしながら、銃を構えた。
「伏せろ!」
のび太と牧野は言われたとおりに、身をかがめた。傍にあった二層式洗濯機が、いい感じに3人の身を隠した。一体、何だろう。
「今、なんか聞こえなかったか?」
「別に」
 牧野は即答した。それはただ、『面倒ごとに巻き込まれたくない』という思いがあったからかもしれなかった。しかし、のび太は何も聞こえなかった。
「何? おばけが居るの、この工場?」
「お化けなら、まだかわいいもんだ。誰かが居るかもしれないぞ、ココ」
 そう言いながら、大きな廃工場を見た。 牧野は何も言わずに、じっとしていた――唇が青ざめているのが分かった。 のび太は牧野に言った。
「大丈夫?」
「だから、工場に行くのはいやだったのよ」
牧野の意外な発言に、のび太は眉をひそめた。
「えっ? 牧野さんだって賛成したじゃないか……」
「誰か居るなんてきいてないわよ。 仁王、もっと別の場所に――」
 わがままだなあ、と思いながらのび太は頭をかいた。
「いや、このまま行く。俺が先に入るぞ」
 仁王連次は銃をまた鳴らしながら、立ち上がった。
「えっ!?」
のび太と牧野は思わずハモってしまった。
「この工場は、作りがいい。夜は、やぶに居る方がかえって危険かもしれない。 夜の宿営地にできるか、調べてみる」
「調べるって……」
 牧野は、はぁとため息をついた。
「とにかく、行ってくる。 15分経って俺が戻ってこなかったら、工場から離れて、C-3の北の山へ行け」




 浅尾真希(女子1番)は、先ほどから、自分の体が物凄く軽くなったことに狂気乱舞していた。もちろん、突然体重が変わるなんて事は、ありえない。
今まで張り詰めていたものが、突然ぷつりと切れた感じ。その理由は、『殺そうとしていた相手』が突然自分の目の前に現れたからであった。
 仁王連次――何て憎らしい奴なのだろう。 悔しい。悔しい。 あんな、あんな奴に負けるなんて。クラスでも全然目立たない、地味な奴。 私は、あんな奴に負ける程弱かったの?
 
 元々、性根の負けず嫌い。『かわいいわね』と言われるよりも、『おてんばね』と言われる方が嬉しかった。 幼稚園の時、すごろくで負けると、ビービー大泣きするするという、大変迷惑な子どもだった。勝つまで、やる。 徹底した勝ち根性。
 そのおかげで、母親から「おしとやかな子でいなさい、そうすれば先生もみんなも悪いようにはしないわ」との参考になるアドバイスを受けた。
 何てことない、ただの専業主婦。今思えば、この母親から学んだ事なんて、これぐらいしかなかったのかもしれない。父親もただのサラリーマン。 母親と違う所といえば、『勝てばご褒美がもらえる』という所だった。
「真希、勝て。勝って勝って勝ちまくれ。女の社会だからこそだ。 今勝っておけば、みんなお前を尊敬する」という、母親とは対照的なことを教えてもらった。
 私のとった人生。 それは、どちらも含めたものだった。
大人しい振りをして、テストでは高得点を狙う。大人しい振りをして、運動会で目立つ。 勝たなければ、意味が無い。
 小学1年生の秋、私は初めて負けた。 源静香というかわいい女子だった。種目はかけっこ。私は2番で、彼女は1番だった。 なぜ自分が負けたのか、分からなかった。夏休みから走りこみ、自由研究の宿題もきちんとやった。1年生で、セミの解剖という素晴らしすぎるレポートを提出したにも関わらず、他の女子達は、源静香の作ってきた『人形の家』というチャチなものに夢中だった。
 当然といえば当然だろう。 それから私は、しだいに普通の女の子へと戻っていったような感じがした。
 普通に友達と遊び、普通に勉強し、普通に……。
 
しかし、6年生になってから、自分は既に普通より下になっていることに気がついた。
 5年生最後の成績で、初めて1をとった。図工と算数と社会。父親は『昔はあんなに一生懸命だったのに』と嘆き悲しんだ。意外なのは、あれほど普通が一番、と口ずさんでいた母親が自分を激しく叱りつけた事だった。
 
「なんて、なんて酷い……!」
 

 この時、浅尾真希は悟った。 勝つことが、自分に課せられた宿命なのだと。
 
 それからは、比較的に成績の良い間宮奈々子(女子19番)、牧野恵理香(女子18番)らとつるむことが多くなった。当たり前だ。 仲がいい振りをして、勉強することができる。 特に牧野恵理香なんて、傑作だった。4月に教室でポツンとしている所に声をかけたら、急に馴れ馴れしく『マッキー』なんてあだ名をつけた。何と、何とおめでたい女なのだろう。 あだ名で呼ばれることに抵抗があるわけではない。しかし、なんだか嫌なのだ。
 間宮奈々子は、成績は良いものの性格に問題があるようだった(自分も言えた身分ではないが)。
5年の時、彼女に目をつけられた女子は必ず転校するという噂が流れた。子どもという者は、本当にこんなものが好きだ。 実際に彼女は1年間続けて一人の女子を、たった1人で虐め抜き、その女子を登校拒否に追い込んだ。
 おかげで、自分も虐めの手伝いをさせられることになったが――
 

 このゲームが始まると知ったとき、正直ワクワクとした爽快感が沸いたのは、こういうことだったのか。殺す。それだけで、このゲームでは勝者になれるのだ。42人の頂点に立ったものは、真の勝者となる。
 

 しかし、現実は甘くなかった。 自分に支給された武器は、スタンガンだった。電流で、痺れさせることはできるが――それだけだ。 ためしに仁王連次に使ってみようと思ったが、無駄だった。あの、スタンガンの先の部分から発せられた電流が、虚しく響いた時。 ぐっと、悔しさがこみ上げた。
 相手が悪かった? 違う、それは違う。 タイミングが悪かったのだ。
 
 
 
 浅尾はこれまで仁王の殺害を決意し、仁王を探し回った。その道中で、何人かちらほらと人影を見かけたが―ーそんなことは気にしなかった。 武器は、確かに必要だ。そいつらを殺して、武器を奪い取る? でも無理して、怪我を負うような真似はしたくない。スタンガンで、一体何ができる?
とりあえず、仁王を探すことが先決だった。
 しかし、一行に仁王は見つからない。自分の腹の底が熱いのが分かった。食べ物なんか、とても食べる気になれなかった。そんなことしている暇があるなら、仁王を探すべきだ、と頭が言い聞かせた。
 昼の放送を聞いた頃には、いつの間にかE-5の廃工場の辺りまで来ていた。 ふうと浅尾はため息をついた。とりあえず、頭を冷やそう。 中に人が居る可能性は、考えなかった。
 
 
 
 そして、今まさに――
あの殺すべき対象、仁王連次が自分のすぐ近くに居るのだ。 今、私は荒んだ緑色の廃材の山に隠れている。私の視界には、仁王連次が映っている。その右肩に、しっかりと銃がかけられているのが見える。それだけならまだしも、両手でしっかりとライフル銃を保持している。
 さて……どうしようか。 私の武器はスタンガンのみだ。一応、工場は探索してみた。武器になりそうなものは、釘打ち銃と、鉄パイプぐらいしか無いだろう。 かと言って、それで攻撃するのも危険すぎる。やはり、どう考えても銃相手では、どんなものも分が悪い。
 奇襲は無理だったら――残るは逆の手段しかない。
 
 迎え撃つ。 何か、何か無いのか。
 
その時だった。 何かの音。まるで、誰かがくしゃみしたような――浅尾は、ジロリと外の方向を見つめた。
 

「遅いわね、仁王」
 牧野恵理香は、左手首に巻かれた腕時計を見ながら、いらだっていた。一方、側に居る野比のび太はなぜか鼻に指を突っ込んでいた。
「ちょっと。さっきから何してるのよ」
牧野の質問に、野比のび太は答えた。
「花粉症かな……さっきから鼻がむずがゆくて……ぶぇっくしょん!」
 のび太は再びくしゃみをし、伸び放題の雑草の上に、盛大に鼻水を撒き散らした。
牧野は顔をしかめた。のび太は構わず、手についた鼻水を近くにあったブルーシートに拭いていた。
「ちょっ……どうしよう。 このシート、オイルまみれだよ。 手にオイルがついちゃった」
「ねぇのび太」
「何?」
 のび太は牧野の声の調子が少し変わったことに一抹の不安を覚えたが、構わず聞き返した。
「ティッシュ、無いんでしょ? そんな様子じゃ。貸してあげてもいいわよ」
「え、ホント? いやあ、ありがとう。さっきから手がベタついててさ……」
 そう言いながら、のび太は牧野の左手に乗っていたティッシュペーパーを受け取ろうとしたが――のび太の前に出てきたのは、牧野の右手の方だった。
 その右手には、しっかりとアイスピックが握られていた。
 
「えっ?」
 
 牧野恵理香は、野比のび太の喉元にアイスピックを向けていた。
 
「僕、何かした?」
 のび太は降参の合図のように、両手をあげた。同時に、後ずさりをしようとしたが、すぐに止められた。
「動かないで! ……もう、15分経ってるわよ! それどころか、もうすぐ30分経つわよ!」
「僕だって、分かってるよ。 でも……」
「でもじゃないわよ。 いい? アンタ、今すぐ工場の中に入りなさい。 で、様子見てきてよ」
「でも、仁王は15分経ったら北の山へ行けって……」
 牧野は少々ヒステリック気味に叫んだ。
「お願い。行って。 仁王を今すぐ連れ戻しきて! 早く!
 ……何よ、それともここで死にたいの? 」
そう言うと、牧野はアイスピックの刃の先端を、さらにのび太の喉元に近づけた。
 
「わ、分かったよ……! 」
 そう言うと、のび太はしぶしぶと立ち上がった。
「駆け足!」
「はい!」
 のび太は半分泣きそうになりながら、30分前に仁王連次の入っていた工場の入り口へと飛び込んでいった。
 
 牧野恵理香は野比のび太が見えなくなるのと同時に、地面にアイスピックを叩きつけた。 悪寒がする。日が落ちてきて、気温が下がっていることも関係していると思う。
 正直、どうして自分があんなことをしたのか分からなかった。 アイスピックを野比のび太に向けた時、自分が自分でなくなるような、そんな感じがした。おまけにその後、思わず脅迫まがいの事を言ってしまった。
その時だった。風がビュウッと吹き、近くにあったブルーシートがバタバタと鳴った。
 この時、牧野は自分が一人ぼっちになっていることに気がついた。自分の心臓の音以外、何も聞こえない。やはり、あの時の行動はまずかった。のび太一人で行かせるのではない。 漫画やドラマなら、普通は残った人達全員で行くのが、大体のパターンだ。
 
 なのに、自分は――自ら、仲間の糸を切ってしまった。
 
「ど、どうしよう……」
 
 
 

「あら、恵理香じゃない。どうしたの?」
 
 牧野の視界に、放課後の六年三組の教室、その中の三人の女の子の風景が映った。
そこに居たのは、間宮奈々子・浅尾真希・自分。 その中の浅尾真希が、こちらを見返した。
 浅尾真希が居た。 放課後の景色が消えても、浅尾真希は消えていなかった。
ということはつまり……。
 
「真希? 真希なの?」
 思わず、牧野は浅尾真希に駆け寄った。 浅尾真希は、微笑んでいた。
「ええ。今さら何よ、恵理香ァ」
 
浅尾の言葉の後、牧野恵理香は思わず、浅尾真希に抱きついてた。
 
「会いたかった……! マッキー……!」
「私もよ、恵理香」
 牧野は、浅尾の体温が心地よかった。今まで一人だったのが嘘みたいだった。
もう少しで気が変になりそうだった――マッキー、ありがとう。 神様、ありが――
 

 その時だった。
牧野恵理香は、自分の首の後ろに違和感を感じた。何か、冷たいものが当たっているような――
 
『バリバリバリッ!』
 
 牧野の全身に、衝撃が走った。一体、何が起こったのか。温まった体は、再び冷たくなるような錯覚に襲われた。ドン、と自分の体が後ろに倒れこんだような感じがした。同時にガン、と頭に何か金属のようなものが当たったような気がした。
 そのショックが、牧野恵理香の意識を最下層に沈めた。
 

 浅尾真希は、自分の服についた草ぼこりを、うざったいように左手ではらった。
それから、ペッと唾を吐いた。 唾が、牧野恵理香の額の辺りに落ちた。
 
「まさか、こんなに上手くいくなんてねぇ」
 
 それから、ゆっくりと牧野恵理香を抱き起こした。後頭部から、ゆるゆると血が流れ出し、首筋に赤い線ができていた。 首筋の後ろには、茶色いやけどのような跡が残っていた。
 
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