あの日の思い出・・・

客(静香)は僕(スネ夫)の相談を受けに予定より少し遅く、東京からはるばるやってきた。
何しろここは北海道の別荘なのだ。赤々と燃える夕日は沈み消えうせようとしていた。
妻と息子は二階でトランプをしている。当分降りては来ないだろう。
窓の外には、色あせた湖が遠くまで広がっていた。
書斎で僕は相談したいことがあると口にした。
彼女が何?と訊いてきたので僕はこう答えた。
「実は今度、家政婦を2人ほど追加したいと思っているんだ。家政婦って言ったらオバサンになるから
お手伝いさん、とでも言っておこうか」
彼女は少し暗い表情になって言った。
「それで、どうしたの?」
「写真を見てくれ。この中から2人ほど選んで欲しいんだけど・・・」
僕は写真を取り出した。ランプをつけると、外の景色は深い夜色に閉ざされてしまった。
「これは中西双葉さん。とても明るい人だ。で、こっちが長嶋真理さん。マジメな人。そして・・・」
「ちょっと写真を貸して」
彼女は説明を全部聞く前に写真を取った。
しばらくの間、写真を見ていた彼女がやっと口を開いた。
「妙なものね。お手伝いさんと聞いてこんなにいやな気持ちになるなんて」
そして彼女は写真を僕に返し、「あとで決めさせてもらうわ」と口早に言った。
まるでお手伝いさんがいやとでも言うかのように。僕が写真を戻すと彼女は僕にこういった。
「ごめんなさいね」と言い、
「あなたの写真をよく見なかったけど。私も中学生の時にお手伝いさんを雇ったことがあるの。
とってもいい人だったのに、私はひどいことをしてしまったわ。ちょっと聞いてもらおうかしら」
と言った。外では、ふくろうの静かな鳴き声が、やみ一面に響き渡っていた。彼女はその間に次のように語った。

私の家では、13歳の時にお手伝いさんを雇っていた。母は当時、2、3人ほど雇っていたが、
若い人が多かったため結婚を理由に数年で辞めていった。すると母は、教会に頼み、新しい人を紹介してもらうのだった。
あるお手伝いさんも、そんな風にして我が家へやってきた。確か、11月の末頃だっただろうか。よく働く、まじめで優しい人だったので、
母も大助かりであった。ただ、家にいた時間が私が13〜14歳になる間の1年と、とても短く、しかも恒例の
さよならパーティもなく辞めてしまったために、そのあたりの事情はあまり覚えていない。
目鼻立ちがはっきりとしていて、ロングヘアーの年上美人だった。アイシャドウは確か青紫で、唇にはグロス入りの
口紅がたっぷり塗られていた。
「初めまして。瀬川あかりと申します」
美人・・・最初に浮かんだのはこの言葉だった。今思えばモデルにスカウトされるほどなのだから当然だと思った。
そして何よりも私のことを優しく扱ってくれることだった。
―――クリスマス。
私はクリスマスにあかりさんからオパールの指輪をもらった。オパールは、光に照らすと色々な色に変化し、とても美しかった。
あかりさんはこんなに高い物をプレゼントしてくれた。そう思うとなんだかあかりさんがただのお手伝いさんだけですましてはいけない気
がした。
それからというもの、あかりさんは私が困っていたらすぐに助けてくれるようになった。
宿題が分からない時も、おこづかいが足りなくなった時も、助けてくれるのはあかりさんだった。
母はいつも家にいないため、あかりさんは母の代わりのようだった。
「どうして私を助けてくれるの?」
ある日、私はあかりさんにそう訊いてみた。
「そりゃお手伝いだもの。あなただってここの住民よ。お手伝いさんはここの家に住んでいる人のために働くのよ」
あかりさんはそう言った・・・。

しかしある時、事件が起こった。私の大切なオパールが無くなってしまった。
最後に見たのはあかりさんだったらしい。私はせっかく大事にしていたオパールを盗られたと思い込んでしまい、思い余ってあかりさんを
攻めてしまった。
「どうして見張っててくれなかったのよ。せっかく大事にしていたのに」
と怒鳴りつけてしまった。あかりさんは逆ギレもせずにただ謝り続けるだけであった。
数日後、オパールが見つかった。見つけたのはあかりさんだった。実は母が金庫の中にしまっていたのだった。私はあかりさんに謝ろうと
思ったが、あかりさんが黙々と窓を磨いているのを見ると、声をかけることが出来なかった。
そして、あかりさんは窓を一通り拭いてから急に辞めてしまった。私は止めたが、無駄であった。
なんでも、モデルになるからという理由が表向きであった。しかし私はあの日の出来事を引きずっているのではないかと気が気でならなか
った。
私はごめんなさいの一言も言えなかった。勇気がなかった。

あかりさんがオパールを持ってきたときのことは今でもよく覚えている。
「どうしたの?どこにあったの?魔法使いみたい」
私が不思議そうに尋ねると、彼女は微笑み、こう言った。
「違うわ。本来あるべき場所に戻しただけ」
そしてあかりさんは指輪を私の手に握らせて言った。
「さぁ、これを指にはめるのよ」と。
オパールが見つかった日。私の14歳の誕生日のことだった・・・。

「そうか・・・。そんな思い出があったんだ・・・。いや、悪かったね」
僕は彼女の話を聞いてからそう言った。
「今夜は泊まっていくといいよ。もう遅いし」
「そうね。そうするわ」
彼女は笑って書斎を出て行く。僕も彼女の後を追いかけた・・・。
〜END〜


戻る